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新型コロナ マスク着用は地域ごとのルール化を

谷口恭・太融寺町谷口医院院長

 前回のコラム「新型コロナ この夏にレジャーを楽しむ方法」でも述べたように、新型コロナウイルス感染の心配が残る中で今年の夏を楽しむには、効果的なマスクの使い分けが必要です。簡単に前回のポイントを紹介しておくと、「複数種・複数枚のマスクを携帯しTPOに応じて使い分ける」「布マスクの長所と短所を理解する」「海や山などマスクを着用しなくていいレジャーもある」「機内でもマスクを着用し飲食はできるだけしない」などです。これらは個人向けの助言です。では社会全体で考えたときにはどのような「ルール」を設けるべきでしょうか。また、そのルールは法的な効力や罰則を伴うべきなのでしょうか。今回は実際に報道された「事件」も取り上げ「マスク着用のルール化」について問題提起をしてみたいと思います。

マスク着用を求められて殴り、暴行容疑で逮捕

 まずは日本の事件を振り返ってみましょう。

 西日本新聞などによると、6月18日、北九州市のパチンコ店で、40歳の男が27歳の男性店員の顔を殴り、暴行容疑で逮捕されました。殴った男は、店員からマスク着用を求められたことに腹を立てて犯行に及んだようです。報道によれば、他の客から「マスクをしていない人がいる」と指摘を受けた店員が、店に常備してあるマスクを着けるようにお願いしたところ、突然顔を殴られたそうです。

 次に、米国で起こったマスクの事件をみてみましょう。

 まずは6月26日の米紙ワシントン・ポストに掲載された記事を紹介します。記事の見出しは「スターバックスでマスク着用を促された女性が、促した店員をフェイスブックで非難。効果は逆で、店員は3万2000ドル以上のチップを手にした(On Facebook, she denounced a Starbucks worker who asked her to wear a mask. It backfired: He received over $32,000 in tips.)」でした。

 同紙によると、米サンディエゴのスターバックスコーヒーにマスクをせずに入店した女性は、男性店員からマスク着用を促されましたがそれを拒否しました。店員はマスク着用義務について書かれた張り紙を示しお願いしたところ、女性は怒り出し店員の顔を写真に撮りフェイスブックに投稿し店員の実名をさらしました。するとこの「事件」は一気に拡散されました。女性の思惑とは異なり、男性店員を擁護するコメントであふれ、男性に寄付金を募るサイトまで誕生し、わずか3日で3万2000ドル(約345万円)以上もの大金が集まったのです。

 女性はその後、別のメディアに次のように語りました。「非難され差別を受けたのは私の方です。私は誰も攻撃していません。彼に意見を言っただけです」。そして、自分はマスク着用を医学的に免除されていると主張しています。しかし、どのような医学的免除かというワシントン・ポスト紙の取材には答えなかったそうです。同紙によると、彼女は以前もフェイスブックでマスク着用を拒否することを表明し、「マスクは愚かなもので、マスクを使う人はきちんと考えていない人」と投稿していたことが分かりました。

米国では射殺事件も

 もう一例、米国の事件を紹介しましょう。この事件ではマスク着用を注意した「ドルショップ」(日本の100円ショップ)の警備員が射殺されました。英国放送協会(BBC)の5月5日の記事「米国の一家がマスク着用を促した警備員を射殺(US family 'murdered shop guard for enforcing mask policy')」をみてみましょう。

 BBCの記事によると、米国ミシガン州で5月1日、40代の男性警備員がマスクをせずに来店した女性の入店を認めませんでした。それからその女性の母親が店にやってきて警備員と口論し、警備員に唾を吐き店を去りました。その後、今度は口論したこの母親の夫と息子がやって来て警備員を射殺したのだそうです。

 マスクをしていないという理由で家族が入店できなかったことに腹を立て、注意した警備員を射殺するというような事件は、銃社会の米国ならではの問題だとは思います。ですが、日本では銃がないから起こらないだけであり、同じように「殺してやる!」と考える人もいるかもしれません。

 
 

 殺されなくても、北九州の事件のように顔面を殴られるリスクを抱えるのは恐怖でしょうし、サンディエゴのスターバックスの事件にしても、結果としては注意した店員は大金を手にすることになりましたが、マスク着用を促しただけで罵声を浴びせられたり、暴力の恐怖感を覚えたりするような経験をしている人は少なくないのかもしれません。

「マスク警察」は肯定できないけれど

 一方、日本には、マスクを着用していない他人を過剰に責める「マスク警察」と呼ばれる特殊な人たちがいるようです。営業自粛などを求める「自粛警察」も含めて、こういう人たちの正義感には肯定できない要素があります。マスクが必要な状況でマスクを持参していない人を見つければマスクを分け与える、というのなら理解はできます。しかし、こういう人たちは自分たちのゆがんだ正義感で、マスクをしていない人を裁いているだけに私には見えます。マスクをしていないという理由だけで、自分の店の顧客でもない赤の他人を裁くような行為は慎むべきだと思います。

 しかしながら、マスクの重要性を鑑みようとせず自由にふるまう人が増えるのは困ります。では、どうすればいいのでしょうか。「行政が何らかの方針を出す」以外にはないと思います。罰則を設けるべきかどうかについては十分な議論が必要ですし、医学的免除(医学的にマスクができない)の例外を認めるかどうかについても慎重に検討せねばなりませんが、マスク着用の是非を完全に自主性に任せるのは危険だと思います。

 新型コロナが流行している度合いは日本の各地で異なりますし、また時間と共に変わっていきます。ですからマスクについてのルールは、国が決めるよりは、米国が州ごとに実施しているように、市町村もしくは都道府県単位で策定するのがいいのではないでしょうか。

 ルールはあまり細かくなりすぎても困りますが、例えば、屋内は原則として着用義務にすべきかどうか▽飲食店ではテーブルでの着用までは義務にするのか▽屋外プールで人数制限をしていれば不要だが、室内プールでは水から上がれば着用にするのか――など、そういったルールの設定と最低限の罰則(例えば、繰り返し注意しても守ってもらえない人への入店禁止など)は必要だと思います。

マスクは「他人に感染させないため」

 しかし、ルール設定よりも大切なことがあります。それは「なぜマスクが必要なのかを国民全体で理解すること」です。今も、マスクをしていない人のいくらかは「自分が感染しないため」と思っているのではないでしょうか。この連載で繰り返し主張しているように、新型コロナに限って言えば、マスク着用は自分が感染しないためにではなく「他人に感染させないためのもの」です。これをきちんと理解するためには本連載で繰り返し述べてきた次の二つがとても重要です。

 (1)新型コロナの2次感染の半数近くは発症前の無症状者から感染している(参考:「新型コロナ 感染は『発症前から5日後まで』」など)。

 (2)(不織布の)マスクをしていれば(ほぼ)100%コロナウイルスは呼気に漏れない(=感染させない)(参考:「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」など)

 マスク着用について何らかのルールが必要だというのが今回のコラムの趣旨ですが、ルールが幅広く受け入れられるようにするためにも、この重要な二つのことをここでもう一度主張しておきたいと思います。

 【ご案内】

 この記事を執筆している谷口恭医師が、きょう2日に大阪市で一日講座を開きます。タイトルは「マスクなしであいさつできる日はいつになるのか?」です。オンラインでも同時中継します。午後6時半から8時まで、大阪市北区梅田3の4の5、毎日新聞ビル2階の「毎日文化センター」で。受講料は1650円です。オンラインでの受講は受付を締め切りましたが、通常の講座は会場で直接、お申し込みいただけます。問い合わせ・申し込みは同センター(06・6346・8700)へ。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。