実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 発症しない人からもうつる?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルス感染症が流行しだしておよそ半年が経過しました。この間に世界は大きく変わりました。「袖振り合うも多生の縁」ということわざは過去のものとなり、2メートルの距離(ソーシャルディスタンシグ)を確保しなければならなくなり、不要不急の外出を控えるべき状態は今も続いています。

 新型コロナウイルスという病原体について、我々医療者も依然分からないことが多数あります。つい先日の6月25日、米疾病対策センター(CDC)は「我々は新型コロナについて毎日学んでいる(We are learning more about COVID-19 every day)」との見解を発表しました。半年前の時点では、新型コロナの影響で、若者にも脳梗塞(こうそく)が生じることがある▽若者の下肢切断が余儀なくされることがある▽肺炎は回復しても後遺症に苦しめられることがある――などを予想していた医療者はまず間違いなく皆無です。今後も次々に、予期しない事象が見つかっていくものと思われます。

 そんな依然分からないことだらけの新型コロナの最大の謎のひとつが「無症状者からの感染」です。この点が明らかにならなければ我々は安心して生活することができません。まったくの無症状者がいつ誰に感染させてもおかしくないのだとしたら、我々はもう高齢者と接することができません。肥満や高血圧がある人は繁華街に出かけることを(少なくとも有効なワクチンが開発されるまでは)避けなければなりません。本当にそこまでの制限を強いられなければならないのでしょうか。今回は現在わかっている「無症状者からの感染」についてまとめてみたいと思います。

「発症しない」無症状と「後で発症する」無症状

 まず「無症状者」を二つに分けて考えましょう。一つは「発症しない無症状(asymptomatic)」と呼ばれる状態で、感染してからウイルスが体外に排出されるまでまったくの無症状です。もうひとつは「発症前(pre-symptomatic)」で、発症前の無症状期のことです。

 すでにこの連載で繰り返し紹介したように(例えば「新型コロナ 感染は『発症前から5日後まで』」)、新型コロナの2次感染の半数近くは、1次感染者が発症する数日前に起こっています。数日後に熱やせきあるいは味覚障害、頭痛などが起こらないと100%の確証を持って断言できる人はいないわけですから、誰と会うときも「自分がその人に感染させる可能性」を考えなければならず、「他人に感染させないために」マスクを装着しなければなりません。

 しかしながら、数日たてば「あの時あの人に感染させなかった」ことを確認することはできます。これが意味することは小さくありません。例えば、パーティーが開かれたとして、参加者全員が気を付けていたけれども飲食を伴う場であったために誰かが誰かに感染させた可能性は理論上あり得ます。しかし、数日たって誰も発症していなければそれ以上の心配をする必要はありません。つまり、パーティーに参加した人が、参加が原因で感染し、さらに誰かに感染させることはないのです。

 したがって、「発症前」の感染は非常にやっかいなものではありますが、「数日間の辛抱」と言えなくもありません。

「発症しない無症状」でも他人にうつす?

 問題は「発症しない無症状」です。実は、これについては医療者のなかでも意見が分かれています。発症しない無症状者が他人に感染させるかさせないかについて、世界保健機関(WHO)は、短期間で見解を修正するという異例の対応をしました。

 6月8日、WHOは記者会見の場で記者からの質問に答え、「発症しない無症状者からの感染は極めてまれ」との見解を示しました。すると、その直後から世界中からこの見解に批判が相次ぎました。つまり、発症しない無症状からの感染はある、という意見が多数寄せられたのです。それらの批判を受けて、翌9日、WHOは「発症しない無症状者からの感染についてはまだ答えを持っていない」と見解を修正しました。要するに、高いエビデンス(医学的根拠)をもって証明した研究はまだないものの、発症しない無症状者からの感染が起こり得る可能性は否定できないのです。

発症しない感染者は全体の4割以上

 そんな中、権威ある医学誌「Annals of Internal Medicine」に興味深い論文が6月3日に掲載されました。論文のタイトルは「発症なしでの新型コロナウイルス感染の有病率(Prevalence of Asymptomatic SARS-CoV-2 Infection)」で、発症しない感染者が感染者全体のどれくらいの割合を占めるのかが調べられています。研究の方法は、これまでに報告されている16件の研究をまとめて解析するもので、一般にこの方法での研究は信頼性が高いと考えられます。

 結果は驚くべきものです。なんと発症しない感染者は全体の40~45%にも上るというのです。ただ、この人たちが他人に感染させないのであれば問題はそう大きくありません。しかしながら、論文によると発症しない感染者は14日以上にわたり他人に感染させる可能性があるとされています。

 感染した本人がまったくの無症状で、感染してから14日間は他人に感染させる可能性があるのなら、我々は感染を覚悟しなければマスクを外した人と接することができなくなります。つまり、他人と至近距離で飲食を共にすることが金輪際(あるいはワクチンができるまで)できなくなることを意味します。

 幸いなことに、過去にも紹介(「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」)したように、新型コロナウイルスは、不織布製のマスクをしていれば、呼気に漏れることは(ほぼ)100%ありません。この点は感染予防上大変ありがたい事実です。

複数の人が触れる物品からの感染

 ですが、新型コロナにはもう一つやっかいな感染経路があります。「接触感染」です。繰り返し述べたように、手洗いが有効なのは次に「何か」を触るまでのごく短時間だけです。「何か」、それは他人と共用するパソコンや書類、あるいは硬貨なども含めてですが、それらに触ればあなたの手にウイルスが付着する可能性があります。もっとも、その手で顔(特に鼻の下)を触らなければ感染しないのですが。

 ここで興味深い研究を紹介しましょう。医学誌「Journal of Hospital Infection」に5月22日に掲載された論文「新型コロナの世界的流行、表面を忘れないように(COVID-19 pandemic let’s not forget surfaces)」です。

 英ロンドン大学の研究者が、ヒトに感染しないウイルスを使って、病院内でどれくらいウイルスが拡散するかを実験しました。結果は驚くべきもので、ベッドの手すりに付着させたウイルスは10時間後にはなんと院内に設置したサンプルの41%に拡散していたというのです。さらに3日目には52%にまで増加しています。この論文によると、新型コロナウイルスは、プラスチック(や鋼)の表面では最大72時間、銅や段ボールの表面では最大8時間生きています。

 今回紹介した二つの論文を併せて考えると、一つの仮説が成り立ちます。それは、「無症状者からの感染は接触感染が多いのではないか」というものです。

 新型コロナが流行しだしてから、大勢の人がマスクを着用しだしました。そして、繰り返しているように不織布のマスクをしていれば呼気にウイルスは漏れません。また、感染者が発覚すれば、その人が触れた可能性のあるものは直ちに消毒されます。

 にもかかわらず原因不明の感染者が国内を含めて多数報告されているのです。こういった人たちの感染のいくらかは、他人も触る「何か」に触れたことにより起こっているのではないでしょうか。そして、それは無症状の感染者が触れた直後とは限りません。

 例えば、無症状の感染者がプラスチック製のボールペン、ペットボトル、ファイルなどに触れたとしましょう。それを3日以内にあなたが素手で触れ、その後顔がかゆくなり、マスクの上から鼻の下あたりを触れたとしましょう。これで感染が成立する可能性がでてきます。このような場合、感染させた本人は何日たっても自覚症状がないわけですから、感染させた自覚もありませんし、感染したあなたもまさか目の前の元気な同僚が3日前に触れたものから感染したとは思えないでしょう。

感染防止には「自分の顔に触らない」

 これが新型コロナの正体だとすると我々は不安におびえて暮らさなくてはなりません。ですが我々にも強力な“武器”があります。それは私が繰り返し主張している「顔(特に鼻の下)を触らない」です。

 感染予防の発想を変えてしまえばいいのです。これまでは「不潔なものは消毒し、繰り返し手洗いをする」が感染予防の王道だったわけですが、この考えを根本から変えるのです。つまり「周囲にある物はどれも不潔で、自分の手はいつも汚い。けれどもその汚い手で顔(特に鼻の下)を触らなければ感染しない」という事実を認識するのです。「顔に触らない」という“武器”があれば、発症しない無症状者にもおびえる必要がないのです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。