実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「空気感染」は怖くない

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 ここ数日間でネット上をにぎわせているニュースが「新型コロナは“空気感染”する」というものです。きっかけは、医学誌「Clinical Infectious Disease」2020年7月6日号に掲載された「新型コロナの空気感染を宣言するときがきた(It is Time to Address Airborne Transmission of COVID-19 )」です。タイトルからも想像できるように、これは論文というよりも「意見表明」のような簡潔で短い文章で、世界の239人の科学者が世界保健機関(WHO)に新型コロナウイルスの感染経路の修正を要請しています。これを米紙ニューヨーク・タイムズが、医学誌が発行される2日前、7月4日に「239人の専門家が主張~新型コロナは空気感染する~(239 Experts With One Big Claim: The Coronavirus Is Airborne)」というタイトルの記事として掲載し、これが世界に広がりました。

科学者239人が「空気感染する」と主張

 日本の各メディアやネットニュースでもこの話題が取り上げられ物議を醸しています。論文と各メディアの報道からまずは要旨をまとめてみましょう。

・WHOは以前から、「コロナウイルスは、せきやくしゃみに含まれる大きな飛沫(ひまつ=しぶきのこと)によって他人に感染する」と説明していた。つまりWHOの見解は「コロナウイルスの感染経路は(接触感染以外には)飛沫感染であり、空気感染はない」というものであった。

・しかし、32カ国239人の科学者がWHOに対して、より小さな飛沫でも感染する可能性があることを示し、見解を見直すよう求めた。

・WHOは「エアロゾル感染」を認めてはいるが、これは(鼻腔<びくう>の検体採取や気管内挿管といった)医療行為でしか発生しないという位置づけである。

 ここで語句を整理しておきましょう。エアロゾル感染というのは新型コロナが登場してから盛んに取り上げられる言葉ですが、実はこの言葉の定義ははっきりとしません。しかし、それでは議論が進まないので、ここでは(私見も入れて)分かりやすく解説します。

 【飛沫感染】一般に直径5マイクロメートル(マイクロは100万分の1)以上の大きな水滴(しぶき)に含まれる病原体により感染すること。せいぜい1~2メートル以内の距離でしか起こらないと考えられている。だからソーシャルディスタンシングは1~2メートル必要と言われている。

 【エアロゾル感染】一般に直径5マイクロメートル以下の小さな水滴(しぶき)に含まれるウイルスにより感染すること。飛沫感染よりも広範囲に感染が起こり得ると考えられている。

 【空気感染】空気感染を起こす病気としては、麻疹(はしか)、水痘(みずぼうそう)、結核が有名。ごく小さな粒子にこれらの病原体が含まれている。イメージとしては、教室など同じ空間にいるだけで感染するほどの強い感染力がある。ただし、文脈によってはエアロゾル感染とほぼ同じ意味で使われる。

 【飛沫核感染】従来の空気感染とほぼ同じ

 問題は言葉の細かい定義ではなく「我々の身を守ること」です。そういう観点で考えると、結局のところ、ソーシャルディスタンシングは飛沫感染のことだけを考えて1~2メートルでいいのか、それとも「エアロゾル感染≒空気感染」のことも考慮してもっと距離を取らねばならないのか、という問題に帰着します。ここからは便宜上「飛沫感染」と「空気感染」という二つの言葉だけを使って話を進めます。エアロゾルが医療処置以外でも発生するかどうかという議論はこの際どうでもいいことです。

「一度に多人数に感染も」は分かっていたこと

 「意見表明」で空気感染する証拠として引き合いに出されているのが中国のレストラン内での感染です。このレストランでは距離を取って座っていた三つのグループで感染が起こりました。距離が離れているために飛沫感染は起こり得ず、また直接的にも間接的にも接触感染が否定できたことから、空気感染が生じた可能性が高いとされています。

 ここからは私見です。過去の連載「新型コロナ 『3密』を楽しめる日は」で述べたように、「基本再生産数」(アールノート)が高くないからという理由で新型コロナの感染力を侮ってはいけない、というのが私の考えです。基本再生産数とは1人の患者が、平均的に何人に感染させるかを示したもので、新型コロナは現時点でもさほど高くないとされています。

 ですが、そのコラムで述べたように、結婚パーティーに参加した女性がたった1人で44人に感染させた事例や、エアカナダの国際便で合計8人の従業員(パイロット及びフライトアテンダント)が感染した事例もあるのです。この事例では多くの乗客も感染していたと思われます。米紙ワシントン・ポストは、感染したフライトアテンダントが何人にも感染を広げた(可能性が高い)ことに責任を感じていると報じています。

 つまり、社会全体でみたときの基本再生産数が高くなかったとしても「時と場所」によっては簡単に感染しうるのです。今回世界の239人の科学者が共同声明を出した根拠は、特に驚くべき新しい事実ではなく、遅くとも3月の時点で分かっていたことに他なりません。

従来の対策で問題なし

 メディアの報道やネット上の意見のなかには、これまで以上に厳重な注意が必要、としているものもあるようですが、今まで通りの対策で問題ありません。なぜなら、新型コロナの感染予防に不可欠な対策はすでにこの連載で伝えている通りであり、それらを適切に実践すれば、たとえ空気感染がそれなりの頻度で起こるのだとしても恐れる必要はないからです。

 問題は「今まで通りの対策が本当に適切にできているか」ということです。では、正しい「今まで通りの対策」を四つに絞っておさらいしていきましょう。

 一つめは「密」なところに行かない、ということです。過去のコラム「新型コロナ この夏にレジャーを楽しむ方法」で述べたように、夏休みの海や山ではマスクなしでもOKです。ですが、更衣室、トイレ、海の家など密になる場所では、後述する二つ目と三つ目の対策をしっかりと守らねばなりません。

 では、他の密な場所にはどのようなところがあるでしょうか。そのコラムでも紹介したように飛行機の国際線はリスクがあります。特に飲食を伴うような中長時間のフライトは要注意です。

 レストランはどうでしょうか。先述したように中国のレストランで空気感染したと思われる事例があります。室内の飲食店を利用するときは常に危険性を考えねばなりません。テイクアウトが最善ですが、会食する場合は可能ならテラスの外や窓を開けた状態での窓際に席を取るべきです。窓のないレストラン、地下の飲食店などではリスクがあります。店によっては換気対策をアピールしていますが、適切な換気ができているかどうかをどのように検証するのか、という課題が残ります。

 対策の二つ目と三つ目は、このサイトで再三再四述べている「相手にマスクをしてもらう」と「顔(特に鼻の下)を触らない」です。前回のコラム「新型コロナ 発症しない人からもうつる?」で述べたように、この二つを完全に守れば理論上(ほぼ)100%感染を防げます。飲食店や飲食を伴う機内でリスクが出てくるのは「相手にマスクをしてもらう」ことができないからです。我々は当分の間、他人と飲食を共にすること自体をリスクと考えなければならないのです。

最後の砦は「鼻うがい」

 対策の四つ目は完全な私見でエビデンス(医学的根拠)はありません。ですから、説得力はありません。しかも、このサイトで繰り返し述べていることです。それでも改めて紹介したいのは私自身が新型コロナ対策の「最後の砦(とりで)」と考えているからです。それは「シリンジ式(谷口式)鼻うがい」です。私自身はこのうがいを始めてから約8年間一度も風邪をひいていません。

 今回挙げた二つ目の対策「相手にマスクをしてもらう」はコロナウイルスには有効ですが、インフルエンザや(風邪で最多の)ライノウイルスには必ずしも効果があるわけではありません(参考:「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」)。つまり、マスクを自分が装着して、相手(患者さん)にも着けてもらっていても風邪はうつるのです。私は2月まで診察室でもマスクを装着しておらず、今となっては後悔していますが、マスクをしていなかった理由は「マスクで風邪は防げない」ことを知っていたからです。

 しかし、鼻うがいを始めてからの8年間、私は一度も風邪をひいていません。それまでは年に数回はひいていたのに、です。

 過去のコラム(「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」)で述べたように、コロナに感染すると鼻腔にいるウイルスは咽頭(いんとう)の1万倍以上です。インフルエンザやライノウイルスでも1000倍以上です。ならばうがいは喉ではなく鼻腔をターゲットにすべきです。上記の一つめ、二つめ、三つめの対策をとっていても場合によってはウイルスの侵入を許してしまうかもしれません。しかし、それでもシリンジ式鼻うがいでウイルスを洗い流すという「最後の砦」が残っているというわけです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。