実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ できた抗体が消える?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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新型コロナウイルスの抗体保有検査会場で行われた採血のデモンストレーション。看護師は感染対策としてフェースガードなどを装着していた=東京都板橋区で2020年6月1日、北山夏帆撮影
新型コロナウイルスの抗体保有検査会場で行われた採血のデモンストレーション。看護師は感染対策としてフェースガードなどを装着していた=東京都板橋区で2020年6月1日、北山夏帆撮影

 過去半年間で世界を大きく変えてしまった新型コロナウイルスはまだまだ謎だらけです。そういった謎の例として、前々回は「まったくの無症状者からの感染はあり得るのか」、前回は「空気感染は起こり得るのか」について述べました。今回は「日本人の低い抗体陽性率は本当か」を考えてみたいと思います。

欧米よりずっと低い日本の抗体陽性率

 過去のコラム「新型コロナ ソフトバンクと東大の抗体調査」で言及したように、ソフトバンクグループ(SBG)の調査は疫学的に非常に意義があるものです。その最大の理由は規模の大きさで、わずか1カ月ほどで4万4000人あまりに検査が行われました。同社が調査に用いた検査キットはイムノクロマト法と呼ばれるもので、精度はそれほど高くありません。しかし、これだけの人数に検査が行われると全体の傾向を知るのにはとても有用です。同社の調査結果では日本人の抗体陽性率は0.43%でした。その後発表された1000~3000人程度を対象とした厚生労働省の調査や山形大学病院の調査でも抗体陽性率は0.5%以下と非常に低いものでした。

 これらの数字は海外の実態からは大きくかけ離れています。例えば、ドイツ北西部のガンゲルトの調査では住民の15%が陽性ですし、米ニューヨーク市では約2割と報道されています。米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長は6月25日の記者説明で、全米の5~8%がすでに感染したとの推定を示しました。

 では日本は欧米諸国と比べて本当に感染者が少ないのでしょうか。そのように断言するには3月と4月に実施された神戸大学病院と慶応大学病院の調査結果について説明しなければなりません。過去にも述べたように、3月31日~4月7日に神戸大学病院で実施された抗体検査では陽性率が3.3%、4月6~30日に調査された慶応大学病院のデータではPCRで2.7%が陽性でした(抗体検査ならもっと高くなった可能性があります)。

 なぜ神戸大学病院と慶応大学病院の調査では欧米諸国とそう変わらない数字が出て、ソフトバンク以降の調査では1桁少ない結果となったのでしょうか。日本は海外に比べて抗体陽性率が低いと言い切るためには、これに対する合理的な説明が必要です。

高い数値は「病院で調べたから?」

 最も考えられるのは、二つの大学病院の調査対象となった人は、病院に行っていたのだからコロナにかかっていたんじゃないの?というものです。

 両大学病院の調査はいずれも、社会全体でどれくらい感染が広がっているのかを調べるものでした。したがって、発熱やせきなどで病院を受診した人、つまり新型コロナ感染が疑われた人は除外されています。ですが、他の症状、例えば、頭痛や下痢や湿疹で受診した人は調査対象となってしまった可能性はないでしょうか。

 新型コロナは単純な肺炎ではなく、心臓、腎臓、脳、腸管、皮膚などさまざまな臓器にも症状が及ぶことが分かりだしたのは3月中旬以降であり、4月の時点ではまだこのことは“常識”にまではなっていませんでした。ですから、コロナに感染している可能性があった人が多く集まっていた病院で調査をしたのだから陽性率は高くて当然という理論が成り立ちます。

 実際、私自身もそのように考えるしかないと思っていました。ですが、どうも納得できないというか、私自身の印象を述べれば、2月末から4月中旬ごろまでは、今から振り返ってみてもけっこうな割合でコロナと思われる患者さんがいたのです。当時はよほど重症化しない限りは保健所から検査を拒否されていましたから診断が確定できないだけで、感染者は少なくなかったと思うのです。大阪市民の5%くらいは陽性であってもおかしくないと感じていました。

 いつまでもエビデンス(医学的根拠)のない自分の思い込みにこだわってはいけませんから、感染者が多いと考えたのは私の思い過ごしであり、ソフトバンクグループなどの調査が示すように日本では感染者が少ないんだと思うように努めてはいます。

抗体検査に使用するキットやフェースシールドなど=大阪市城東区で2020年6月9日、近藤諭撮影
抗体検査に使用するキットやフェースシールドなど=大阪市城東区で2020年6月9日、近藤諭撮影

低い数値は「調査時期が遅かったから?」

 しかし、です。二つの大学病院の結果とソフトバンクなどの調査結果の「乖離(かいり)」を説明できる理由が他にもあるのではという思いが拭えません。それは「抗体が消えたのでは?」という仮説です。

 つまり、もしもソフトバンクが5月ではなく、3月から4月にかけて検査をしていたらもっと高い数字が出たのではないかという仮説です。今のところ、このようなことを言い出す医療者はごく少数ですが、私がそう考える理由を紹介したいと思います。

 まず過去にも言及したことのある論文を振り返ってみましょう。中国で行われたこの研究では、確実に新型コロナウイルスに感染したことが分かっている人のなかで抗体陰性となった人が5%いました。また、他の25%はできた抗体の量が少なく検査方法によっては「陰性」という結果が出た可能性があります。

 さらに最近、興味深い論文が発表されました。医学誌「Nature Medicine」6月18日号に掲載された「無症状感染者の臨床的及び免疫学的評価(Clinical and immunological assessment of asymptomatic SARS-CoV-2 infections)」で、結論は「無症状の感染者の40%と軽症者の12.9%は、退院後8週が経過した時点で抗体(IgG抗体)が陰性化していた」というものです。この論文は他にも興味深いことを指摘しています。軽症者よりも無症状の感染者の方がPCRで陽性となる期間が長いというのです。しかし、抗体の大きさは無症状の感染者は圧倒的に低いようです。

 なんだか不思議なことばかりですが、抗体については感染しても必ずしも検査で陽性とならない人や、抗体の量が少なくて?検査で拾えない人もいること、そして、抗体は8週間程度で消えてしまう場合もあることなどは正しそうです。であるならば、ソフトバンクの調査があと1カ月早く行われていれば、もっと高い数字が出た可能性はないでしょうか。ソフトバンクの調査は5月に行われていますから、3月に感染のピークがあったとすれば、5月の調査では最近まであった抗体が調査時には消えてしまっていた可能性がでてくるからです。

かかって治っても「再びかかる」心配

 さて、日本人の抗体陽性率が本当に低いのかということよりも大切な問題が少なくとも二つあります。一つは、仮に新型コロナの抗体が中和抗体(新たな感染を防げる抗体)だったとしても、それがいつまでもつのか、という問題です。私の仮説が正しいとすれば、感染して抗体(中和抗体)ができても、新たな感染を防ぐ効果はごく短期間のみということになります。

 もう一つの問題は、抗体が短時間で消えてしまうのが新型コロナの特徴だとするならば、効果的なワクチンは本当にできるのか、というものです。一般に、抗体はワクチン接種よりも実際に感染する方がしっかりとつきます。例えば、麻疹(はしか)や風疹の場合、ワクチンを2回接種して得られる抗体価(抗体の量を表す値)は、感染して形成される抗体価よりもずっと低いものです。新型コロナの場合は、同じように単純には考えられないでしょうが、感染しても抗体ができないことや、できたとしてもわずか8週間程度で消えてしまうこともある病原体に対して効果的なワクチンを開発するのは簡単ではないはずです。

 まだまだ分からないことだらけの新型コロナ。今確実に分かっていることで最も大切なのは、前回述べたように「予防」を怠ってはいけない、ということでしょう。それは確実に感染した人、実際に感染して治った人も含めて、です。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。