ボストン発 ウェルエイジング実践術

新型コロナ 米の高齢者施設での死者5万人

大西睦子・内科医
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 米国の高齢者介護施設は「ナーシングホーム」と呼ばれます。高齢者が医療サービスを受けながら暮らす施設です。「新型コロナウイルスは、米国のナーシングホームを完全に破壊しました。全米1万5000のナーシングホームの半数以上が、利用者やスタッフが感染したか、または感染が疑わしかったと報告しています。『感染した』と『疑い』の合計は20万人以上で、6月18日までの死者は約5万人です。ナーシングホームなど長期介護施設の利用者は米国の人口全体の約0.5%ですが、ここで出た死者は、米国の新型コロナによる死者の半分近くを占めます」。これは、6月25日に開かれた米下院歳入委員会の公聴会「新型コロナウイルスによるナーシングホーム危機の検討」で、ハーバード大学医学部医療政策学部のデビッド・グラボウスキー教授が証言した内容です。

教授はさらに、同じ6月25日に出た米国の雑誌「ニューヨーク」の記事で次のように語りました。「『新型コロナの流行が終息したあと、ナーシングホームに戻りたいと思う人はいますか?』と聞かれます。答えは『もともと行きたくて行った人はいない』です」。しかし記事は「それでも他に選択肢がないため、150万人はナーシングホームを利用するでしょう」と指摘しました。

 米国のナーシングホームで何が起こっているのでしょうか。そして、そもそもどんな施設なのでしょうか。

 米国の高齢者の多くは、自宅や住みなれた地域で暮らすことを望んでいます。全米医学アカデミーによると、米国の高齢者の大多数(93.5%、3340万人)は自宅など地域社会で暮らしています。ただし身体能力や健康の変化にともない自立した生活、独居ができなくなると、長期介護施設への入所を考えなければなりません。米国では、家族の人数が減り、女性の就業率が高まり、伝統的な家族の介護者は減っています。

 その場合、米国にはナーシングホームや「アシスティッドリビング」と呼ばれる施設があります。

 ナーシングホームの利用者は、日常生活への支援に加え、24時間体制で医療の支援を受けられます。日本の特別養護老人ホームに近い施設です。一方、アシスティッドリビングは、ほとんど自立した生活が送れるけれど、ある程度は日常生活の介護を必要とする高齢者が利用します。医療の支援はほとんどありません。

 米国の高齢者のうち約150万人はナーシングホームを、約100万人はアシスティッドリビングを利用しています。

 米保健福祉省(HHS)の2019年の報告書「米国の介護サービスの提供者と利用者」によると、人種別にみた利用者の割合は、アシスティッドリビングで白人81.4%、黒人4.1%、ヒスパニック3.1%。ナーシングホームは、白人75.1%、黒人14.3%、ヒスパニック5.4%。いずれも白人の利用者が圧倒的に多いです。

 入所の理由としてアルツハイマー病が急増しています。ナーシングホームの利用者の47.8%は、アルツハイマー病などの認知症、46.3%がうつ病だと診断されています。

 米保険会社「ジェンワース」の調査によると、19年のナーシングホームの1年間の平均費用は10万2200ドル(約1100万円)、アシスティッドリビングは4万8612ドル(約525万円)と高価です。

 米国には、日本のような社会保障としての公的な介護保険制度はありません。米生命保険会社ノースウェスタン・ミューチュアルの調査(2019 Planning and Progress Study - Northwestern Mutual)では、米国人の5人に1人以上が、退職後の貯金は5000ドル(約54万円)未満しかありません。また全米経済研究所によると、民間の介護保険に加入している米国の高齢者は10%だけです。

 そこで多くの高齢者と家族は、長期介護施設への支払いに苦悩します。最終的に、長年慣れ親しんだ家や車など、自分が所有するものを全て売って介護のケアをまかないます。

 低所得で資産がほとんどない人の場合は、州ごとの資格要件を満たすなら、「メディケイド」という公的医療保険制度が、長期介護サービスの費用を負担します。HHSによると、メディケイドを支払い元として利用している介護サービス利用者は、アシスティッドリビング利用者で16.5%、ナーシングホームで61.8%を占めます。メディケイドの15年の総支出は5538億ドル(約59兆8000億円)で、そのうち20%以上が介護サービスに関するものでした。

 さて米政府は、全米のナーシングホームを、一つ星(最低品質)から五つ星(最高品質)まで5段階で評価しています。この評価は「ケアの質」「看護師などスタッフの配置数」「ホームを行政が検査した結果」(転倒防止や感染予防の状況、入院の頻度などを調べる)の3項目に分かれ、さらに総合評価もあります。

 米カイザー財団の「カイザー・ヘルス・ニュース」は、17年の記事で、この評価を分析しました。メディケイドが費用を支払っている利用者の割合が高いナーシングホームは、総合評価での星の数が少ないと分かりました。一つ星だとメディケイドの利用者が占める割合は平均69%。五つ星だと同49%です。

 星の数が減る主な理由は、メディケイドの利用者が多いナーシングホームでは、看護師や職員を十分に雇用する余裕がないからでした。例えば五つ星のナーシングホームは、各利用者に1日平均5.4時間のケアを提供するために十分な看護師と職員がいます。一方、一つ星のナーシングホームが提供するケアは同3.0時間です。

 また「行政の検査結果」で一つ星のホームでは、床ずれ、事故、感染症などが多く生じています。そして「検査結果」による星もやはり、メディケイドの利用者が多いナーシングホームほど少なくなっています。

 つまり、支払いが少ないと良いサービスを受けられないのです。ブラウン大学公衆衛生学部のビンセント・モー教授は記事で「収入源をメディケイドに頼らざるを得ないナーシングホームは、どうにかやっていくため、入所者数をなるべく定員いっぱいに近づけ、食事を減らし、スタッフを減らすでしょう」と語りました。

 こうした中でグラボウスキー教授らは、全米30州のナーシングホームを調査し、新型コロナの影響をうけるホームの特徴を調べました。

 その結果…

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大西睦子

内科医

おおにし・むつこ 内科医師、米国ボストン在住、医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。08年4月から13年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度授与。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に、「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側」(ダイヤモンド社)、「『カロリーゼロ』はかえって太る!」(講談社+α新書)、「健康でいたければ『それ』は食べるな」(朝日新聞出版)。