実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 回復後も続くだるさや息切れ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 まだまだ分からないことだらけの新型コロナウイルス感染症。過去3回にわたり「初めから終わりまで無症状の人からの感染は本当にあるのか?」「空気感染は本当にあるのか?」「抗体はごく短時間で消えるのでは?」といったことを取り上げてきました。今回は「新型コロナの後遺症は本当にあるのか?」について考えてみたいと思います。

 過去のコラム「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」で、後遺症の可能性について指摘しました。5月12日掲載のこの記事では、血栓が原因の下肢切断や若年者の脳梗塞(こうそく)などについて取り上げ、肺の「間質」と呼ばれる部分が線維化して運動能力が低下する可能性についても述べました。後遺症が出現する理由として理論的な考察を紹介しました。

 新型コロナは他の風邪とはまったく異なり、発症後1週間が経過した時点で“運命”が分かれます。そのまま回復することもある一方で、突然悪化するケースがあります。米紙ワシントンポストの記事では、2週目で突然悪化する現象が「second-week crash(2週目の破綻)」と呼ばれています。

 後遺症が残る理由として私が考えたのは「血栓」と「血管内皮細胞炎」でした。この二つはsecond-week crashの理由としても指摘されています。

 血栓、すなわち血の塊が血管に詰まれば血流が妨げられます。比較的大きな脳の血管が詰まれば脳梗塞が突然起こります。心臓の血管に影響が及べば心筋炎が起こりえます。CT(コンピューター断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像化装置)の画像にうつらないような微小な血管に、血栓が詰まったり、炎症が起こったりすれば、他人からは分かりにくかったとしても以前とは異なる自覚症状が生じるかもしれません。

 血管内皮細胞炎が起これば、その血管が取り囲む臓器に何らかの影響が及ぶでしょう。血管内皮細胞炎が血栓をつくりやすくする可能性もあるでしょうし、血栓とは別に臓器に悪影響をもたらす可能性もあります。

かかって数カ月もすっきりしない

 さて、今回お話したいのは下肢切断や脳梗塞といった“分かりやすい”後遺症ではなく、他人からは分かりにくいすっきりとしない症状についてです。実は5月の時点で、私はこういった患者さんを複数診ていました。ただ、それが新型コロナによるものなのか単に私の「印象」に過ぎないのかが分からないために記事にははっきりと書きませんでした。ですが、その記事にも「ポストコロナ症候群」という言葉を使い、そういった後遺症がありうるのではないかということをほのめかしておきました。

 そして2カ月がたちました。どうやら私の「印象」は、単なる印象ではなく、実際にポストコロナ症候群が存在する可能性が強くなってきました。ポストコロナ症候群というのは私が作った言葉であり、普及しているわけではありませんが、ここではこの言葉で通したいと思います。ポストコロナ症候群の実際の事例を紹介しましょう(プライバシー保護のため細部は変更しています)。

「ポストコロナ症候群」とみられる事例

 元来健康な30代の女性。2月末に原因不明の発熱とせきが生じ、せきは3月の下旬ごろまで続きました。女性の前には夫に、さらにその前には夫の同僚に、同様の症状が表れていました。その同僚は、発症前にアジアへの渡航歴がありました。

 同僚と夫は、症状が1カ月以上続いたものの、その後完全に回復しました。しかし女性だけは倦怠(けんたい)感がとれません。また、少し歩いただけで息切れがひどくなり、断続的な頭痛にも悩まされています。

 この女性はおよそ10年前から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をかかりつけ医にしています。過去に何度か風邪症状で受診したこともあります。精神的にも安定していますし、簡単に弱みを見せるタイプではありません。血液検査や肺のCTに異常はありませんが、この女性の体に何か異変が起きているに違いないと私はみています。この女性が発熱とせきで悩んでいた2月下旬は、よほどのことがない限り新型コロナのPCR検査は実施してもらえませんでした。新型コロナの確定診断はついていませんが、私はこの女性は「ポストコロナ症候群」ではないかと考えています。

 もう1例紹介しましょう。ロンドン在住の日本人男性から、谷口医院に相談のメールが来ました(詳細はアレンジしています)。この男性は、ロンドンのかかりつけ医に相談しても「できることがない」と言われて困惑し、医療プレミアの私の記事を読んで連絡してきたのです。

 元来健康な40代の男性。3月中旬に新型コロナに感染し入院しました。幸いなことに、酸素吸入は必要となったものの人工呼吸器を装着するまでには至りませんでした。退院時の検査結果にも異常がなく無事に退院できたのですが、その後体調が元に戻りません。断続的に頭痛、息切れ、動悸(どうき)などが起こり、以前の体とはまったく異なっていることを確信しています。

 ポストコロナ症候群というのは私が勝手に作った言葉ですが、米国のメディア「Voice of America」は「Post-COVID Syndrome」という言葉を使っています。7月1日の記事「ポストコビッド症候群に苦しむ患者たち(Post-COVID Syndrome Plagues Patients)」で、現在イギリスで新型コロナから復帰後の後遺症に悩む人が多いことを紹介しています。

退院後2カ月で9割弱の患者に症状

 論文も登場しました。米国医師会雑誌「JAMA」2020年7月9日号に「新型コロナに罹患(りかん)した後に長引く症状(Persistent Symptoms in Patients After Acute COVID-19)」というタイトルの論文が掲載されました。この研究はイタリアで行われました。20年4月21日~5月29日までの間に、新型コロナから回復して退院した143人(平均年齢56.5歳、男性63%、女性37%)を、外来診療で観察して結果をまとめたものです。全員、ウイルスの検査で陰性の人たちでした。

 驚くことに、新型コロナから回復した患者のなんと87.4%が、約2カ月が経過した時点で何らかの症状を有していました。まったくの無症状は18人(12.6%)のみであり、32%は一つか二つの症状が、55%には三つ以上の症状が認められました。その内訳は、倦怠感が53.1%、呼吸苦が43.4%、関節痛27.3%、胸痛21.7%です。

 
 

 もっとも、論文の著者らが付記しているように、これらの症状が新型コロナと関係があるのかどうかは不明です。ですが、新型コロナとよく比較されるインフルエンザでこのような症状を訴える人はまれであることからも、やはり「新型コロナに感染すればそれなりの確率で後遺症を残すことがある」つまり「ポストコロナ症候群は存在する」と考えるべきだと私は思います。

不安が原因?の人たちもいるが

 ただし、こういった症状が新型コロナとはまったく関係がなく、不安感から生じているのではないかと思われる人もいます。そういう人の場合は、症状が具体的でなく、また次々と新しい症状が出ては消えて、という感じで、臨床の世界で「不定愁訴」と呼ばれるような状態です。しかし、真の新型コロナウイルスが原因となった症状と不定愁訴を厳密に区別することは困難です。いずれにせよ患者さんが困っているのは事実ですから、そういった不定愁訴も含めてポストコロナ症候群とまずは捉えるべきではないかというのが私の考えです。

 さて、もう一つ、ポストコロナ症候群が存在することを示唆する事実を紹介しましょう。

 先述の「Voice of America」の記事の中に興味深いデータが掲載されています。02年に香港で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)に罹患した人の4割で、発症から3年以上たってからも「慢性疲労症候群」のような症状が続いていたのです。慢性疲労症候群という病気は谷口医院のような総合診療のクリニックで診ることの多いもので、おおまかな特徴は「検査では何も異常が出ないけれども深刻な疲労感が持続する病気」で、なかには退職を余儀なくされ自宅でほとんど寝たきりの生活を強いられる人もいます。

 新型コロナはSARSの妹にあたる疾患です。SARSの原因ウイルスもコロナウイルスの一種であり、新型コロナウイルスの正式名がSARS-CoV-2であることからもそれは分かるでしょう。我々は、新型コロナが流行しだした1月から2月の時点で、ポストコロナ症候群の可能性を考慮して、もっと徹底した予防策を講じるべきではなかったのかと思わずにはいられません。

 もっとも、2月の時点で診察室でもマスクを着用していなかった私にそのようなことを言う資格はありませんが……。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。