実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 自粛不要論は正しいか

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 「新型コロナウイルス感染はただの風邪」と言う人は減ってきてはいますが、一定数の人は今も自説を曲げようとしません。有名なところでは、ブラジルのボルソナロ大統領は、前の日に受けた新型コロナの検査で陽性だったことを記者会見で発表し、その直後に、マスクを外して記者団を驚かせました。「ウオッカとサウナでコロナは防げる」と以前から発言していたベラルーシのルカシェンコ大統領は、自らが感染しても無症状であったことをアピールし現在もマスクを着けていません。

 日本の政治家でここまで大胆な行動をとる人は見当たりませんが、街を歩けばマスクをしていない人たち(若者とは限らない)がそれなりにいますし、医療者の間でも、「ただの風邪」という声は減りましたが、現在の自粛政策が「やりすぎだ」とする意見は依然根強くあります。今回はそういった考えが生まれる根拠を紹介し、今後我々はどうすべきかについて私見を交えて述べていきたいと思います。

「新型コロナは毒性が低い」との主張

 最近話題になった「自粛不要論」を見てみましょう。一つは「週刊新潮」8月6日号に掲載された特集記事「実は3人に1人は感染済み! 『コロナ拡大』を恐れる必要がないこれだけの根拠」です。同誌は、国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授を取材しています。記事によると、高橋教授は「新型コロナは毒性が低いので、(人体が)抗体を出すほどの外敵ではなく、自然免疫による処理で十分だ」と主張しています。

 ここで語句を解説しておきます。一般に感染症は「病原体に対する抗体が形成されれば、その病気にはかからない」と考えられています。ワクチン接種は抗体をつくるのが目的です。実際、麻疹や風疹、B型肝炎などは、ワクチンを打った後、抗体が形成されて初めて安心できます。そして抗体による免疫を「獲得免疫」と呼びます。

 一方、「自然免疫」というのは抗体に頼らない免疫で、さまざまな細胞やサイトカイン(免疫に関わる物質)が病原体を攻撃することをいいます。免疫の強さでいえば、獲得免疫(抗体)のほうが自然免疫よりずっと強いのですが、高橋教授は「新型コロナはたいしたことのない感染症であり自然免疫で十分に対抗できる」と考えているわけです。

 この考えが面白いのは、日本人の抗体陽性率が欧米と比べて極端に低いことと整合性があるからです。この連載でも言及したようにソフトバンクグループの調査などで日本人の新型コロナに対する抗体陽性率は欧米諸国と比べて極端に低い結果が出ています。私は過去のコラム「新型コロナ できた抗体が消える?」で、抗体は短期間で消えたのではないかという仮説を提唱しましたが、高橋教授の考えはそうではなく「初めから抗体などできずに治ったのだ」というものです。

「20代までは自粛不要」か

 では、欧米では人口あたりでみて多くの死者を出している新型コロナが、なぜ日本では簡単に治るのでしょうか。高橋教授はBCGがその原因である可能性を指摘しています。「BCGは新型コロナを予防しない」という研究結果がイスラエルから出ているのですが、日本で使われているBCGはイスラエルで用いられているものとは異なるタイプであることなどから、BCGは新型コロナに有効であるという考えは依然日本人の一部の学者の間に根強くあります。ただし、過去にも述べたように日本人への追加接種は本来の対象となる新生児の分が不足することになりますから、BCG有効説を訴える人たちも、大人への追加接種を勧めているわけではありません。

 高橋教授は記事で、PCR検査の対象は高齢者や持病のある人、重篤な症状の人に限定すべきであり、若者には不要であると主張しています。そして、20代までは自粛をせず今まで通りの生活を送っていいのではないかと述べています。

 興味深いことに高橋教授は、現時点ですでに国民の3分の1以上がウイルスに暴露したと考えています。現時点での死者が約1000人ですから、残りの3分の2の国民が全員暴露したとしても死者は2000人増えるだけだとし、昨年インフルエンザによる死亡者が3000人であったことを引き合いに出しています。さらに、昨年自殺で2万人が他界したことと、景気が悪化した際には3万人を超えたこともあることを取り上げて「新型コロナで亡くなる3人を救うために、亡くなる人を8人増やすのか」という自説を展開されています。

「多くの人はすでに抗体を持っている」との説

 もう一つ、最近話題になっている「自粛不要論」を紹介しましょう。京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らが主張されている考えです。上久保教授は、「新型コロナウイルスには三つのタイプがある」と言います。3タイプとは「S型」「K型」「G型」です。簡単に言えば、「S型」と「K型」に感染した場合は軽症ですみ、「G型」、及び「G型」の変異型が重症化をもたらすというのです。先に「S型」にかかり、その後「G型」にかかれば重症化し、これが欧米で死亡者が多い原因だそうです。一方、「K型」に先に感染し、その後「G型」にかかった場合は「K型」によってできた抗体が「G型」にも有効なおかげで軽症で済むそうです。そして、日本では1月をピークに「K型」が流行し、そのため重症化を防げる抗体を大勢の国民がすでに持っていたというのです。

 この考えは日本人の抗体保有率が低いことと矛盾します。この理由として上久保教授は、調査に使われた抗体検査は抗体が少量の場合には「抗体なし」とみなすように設定されているとし、「抗体を持っていても陰性と出る可能性が高い」と話しています。上久保教授は、「免疫を維持するためにはウイルスと共に生活していかなければならない」と説き、「再度自粛すれば、かえってその機会(ウイルスと接する機会)が失われかねない。『3密』や換気など非科学的な話ばかりだ」と自説を展開しています。

 高橋教授は「新型コロナには獲得免疫でなく自然免疫で十分」、上久保教授は「K型が先に流行したおかげで、十分な獲得免疫(抗体)がすでにできていた」という考えで、互いにまったく異なる説を主張されていますが、共通点は「自粛は不要、または控えめでよい」です。

患者の苦しみを見ると楽観できない

 一方、私も含めて「楽観は危険」と考える医療者も大勢います。どの考えが正しいのかはひとまず置いておいて、私の立場から意見を述べたいと思います。

愛知県の休業要請について説明する大村秀章知事=名古屋市中区の県庁で2020年8月1日午後4時35分、野村阿悠子撮影
愛知県の休業要請について説明する大村秀章知事=名古屋市中区の県庁で2020年8月1日午後4時35分、野村阿悠子撮影

 一般に今回紹介した2人のような大学教授は社会全体を見据えようとします。それに対し、私のように日々患者さんを直接診ている者からすれば、社会全体のことよりもひとりひとりが大切になります。過去にも紹介した、発熱と倦怠(けんたい)感が続いているのに保健所からもかかりつけ医からも見放され、行き場をなくしたコロナに感染していた患者さん(参照:「新型コロナ 過剰な検査制限『高熱10日でもダメ』」)や、ポストコロナ症候群に苦しんでいる人(参照:「新型コロナ 回復後も続くだるさや息切れ」)、「がんを患った父と同居している。症状は軽いけど検査してください!」と必死で訴える人たちを診ていると(参照:「新型コロナ 『無症状の人にも検査を』)、とても楽観はできません。

 自粛が続けば経済が停滞し失業者が増え自殺者が増え、そちらの方が死者数が多くなるではないか、という意見は一見筋が通っているように聞こえなくはないですが、私からみれば、論理の飛躍とまでは言いませんが、他に議論すべきことが抜け落ちています。

 「若者は今まで通りの生活を」という意見に対しては、「若者は若者だけでコミュニティーをつくっているわけではない」ということを理解してもらいたいと思います。仕事や遊びでは同世代としか接しない若者も、自宅には高齢者が同居していることもあるでしょう。自覚症状のない若者がマスクをせず電車に乗り、くしゃみをすれば何が起こるでしょうか。

極論を廃して検査増を

 経済が重要なことは認めますが、経済を優先するあまり感染者が増え、そのせいで社会が不穏になり閉塞(へいそく)感に陥ればかえって経済も悪化するのではないでしょうか。経済の停滞は社会全体で受け止めて、失業者を減らす対策を考え、失業しても自殺を考えなくてもいいような社会をみんなでつくっていくことが大切です。まずはすぐにでもできる「楽しいこと」を考えてみてはどうでしょう。レジャーでいえば、「Go Toキャンペーン」などとうたい経済のために飛行機や高級ホテルの利用を促すのではなく、近くの山や海で楽しめばいいのです(参照:「新型コロナ この夏にレジャーを楽しむ方法」)。

 新型コロナで自粛をすべきか否か、という課題はもはや医学の範囲を超え、人それぞれの考えや価値観によるところが大きくなってきています。私自身は極端な自粛不要論には賛成できず、検査件数を増やすべきだと考えています。みなさんはどうでしょうか?

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。