実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「うがい薬推奨」は問題

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
  • 文字
  • 印刷
 
 

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんから同じ問い合わせが相次いで寄せられています。「ポビドンヨード(商品名はイソジンなど)を使ったうがいは危険なはずでは?」というものです。8月4日に大阪府の吉村洋文知事が記者会見で、ポビドンヨード入りうがい薬の使用を呼びかけたことに対して、疑問を感じた人たちからです。谷口医院では14年前の開院当初から「イソジンでうがいをすると、水でうがいをするよりも風邪をひきやすくなる」と、患者さんに言い続けています。医療プレミアでも過去に何度か紹介したことがありますが(参照:「うがいの“常識”ウソ・ホント」)、ここでもう一度その根拠になるグラフを見てみましょう。

 下のグラフを見れば一目瞭然です。ポビドンヨードでうがいをしても、風邪は防げないのです。一方、水(水道水)でのうがいには予防効果があります。京都大学の研究グループが2005年にこの研究を発表して以来、「風邪の予防は水でうがい」は医療者の常識になっています。従来のコロナウイルスも、そして新型コロナウイルスも広義には「風邪」です。つまり、ポビドンヨードを使っても、新型コロナの予防にはならないことが当然推測できるわけです。

水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)
水とヨードのうがいで風邪発症率がどれくらい異なるかを調べた研究。うがいをしない場合と比べて、水うがいであれば風邪の発症を大きく減らすことができるが、ヨードのうがいでは効果が認められない(Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med 2005; 29: 302-307.掲載の図版を一部改変)

 では、なぜ吉村知事は「(新型コロナ対策として)ポビドンヨードでうがいをして」などと会見で述べたのでしょうか。

41人の患者で研究

 知事は同じ会見で、ある研究を紹介しました。大阪府立病院機構大阪はびきの医療センターが、新型コロナの軽症患者41人を対象に行った研究です。患者を、1日4回ポビドンヨードでうがいをするグループと、しないグループに分け、4日間毎日、ウイルスの検査をしました。すると4日目には、うがいをしないグループの陽性率は40%、したグループの陽性率は9.5%だったというのです。

 この研究が、このような結果になるのは当然です。ポビドンヨードはほとんどの病原体にとてつもなく強力な消毒効果があるからです。皮膚を切開する手術をするときにはまずポビドンヨードを皮膚に塗布して消毒します。これでほとんどの細菌やウイルスが死滅します。

 しかし、だからといってポビドンヨードでうがいをしても風邪の予防にはならないのです。上述のグラフを導いた京都大の研究がそれを示しています。

「予防薬でも治療薬でもない」

 大阪はびきの医療センターの研究は、ポビドンヨードが新型コロナウイルス感染の予防や治療に役立つことを示したものではなく、感染者の唾液のウイルスがどれだけ減少するかを調べたものにすぎません。実際に吉村知事も、5日の記者会見で「(ポビドンヨードは)予防薬でも治療薬でもない」と発言しました。

 にもかかわらず知事は、新型コロナに感染していない府民に対し、8月20日まではポビドンヨードを使ってほしいと呼びかけています。この行為はもはや単なる勇み足では済まされず、犯罪といってもいいのではないかと私には思えます。後で説明しますが、知事の言葉を信じてポビドンヨードでうがいをした結果、新型コロナを含めて風邪にかかりやすくなる心配もあるのです。

府民を救いたい気持ちは分かるが

 ただ、吉村知事の立場に立って考えると、もちろん悪意があってこのような発言をしたわけではないのでしょう。知事は「普通に売っているうがい薬だから、それを使うことのデメリットを考えた時、メリットの可能性の方が圧倒的に研究結果から高いでしょう」と、使用を勧めた理由を説明しました。「なんとかして府民を救いたい」という強い気持ちが伝わってきて、大阪府民の私もうれしくなります。それでもなお、この「使用の勧め」は大問題なのです。

記者会見でうがい薬の効果への期待を語った松井一郎・大阪市長(左)と吉村洋文・大阪府知事=大阪府庁で2020年8月4日午後3時8分、石川将来撮影
記者会見でうがい薬の効果への期待を語った松井一郎・大阪市長(左)と吉村洋文・大阪府知事=大阪府庁で2020年8月4日午後3時8分、石川将来撮影

 知事は特に、三つのグループに対してポビドンヨードを勧めました。

 ①発熱など風邪のような症状のある人や、その家族

 ②接待を伴う飲食店の従業員

 ③医療従事者や介護従事者

 この中で、①の中でも「風邪のような症状のある人」のことだけを考えるなら、上記の研究にあるように、唾液中のウイルス量を減らすことができるかもしれません(ただ、それが治療につながるとまでは言えません)。そして、減らすことができる可能性をメリットとすると、メリットがデメリットを上回るかもしれません。

「予防に使って」と受け取れます

 ですが、①の「家族」及び②③に対しては、知事は「ポビドンヨードを予防に使うように」と言っているように受け取れます。

 知事は5日になって「(使用は)感染拡大防止には寄与する可能性がある」と言ったそうですが、①~③の人たちはほとんど感染していないわけで、知事の言う「拡大防止」を素直に解釈すれば「予防」になるのではないでしょうか。つまり、知事は「ポビドンヨードは予防薬ではない」と言っておきながら、一方では「ポビドンヨードで予防を」と呼びかけているようにみえます。また、研究を行った大阪はびきの医療センターの松山晃文・次世代創薬創生センター長は「(感染拡大防止効果の証明には)数十例から数百例が必要なので今後の課題だ」と4日の会見で話しました。

 そして冒頭のグラフが示すように、予防効果は期待できません。ポビドンヨードを使うと、水でのうがいより風邪をひきやすくなるというのは、うがいの効果をうがい薬が打ち消しているわけで、薬が体に何か害を及ぼしていると考えられます。つまり、何の症状もない人が使えば、デメリットがメリットを上回る可能性の方が強いのです。特に③の医療・介護従事者のほとんどにとっては、ポビドンヨードがかえって風邪を引きやすくすることは常識です。記者会見でのこのような発言には、強い違和感を覚えます。

消毒効果は高いけれど

 ここで、なぜ極めて高い消毒効果のあるポビドンヨードが、うがいには役立たないのかを検討してみましょう。私は、理由は二つあると考えています。一つはポビドンヨードが体の組織を傷つけることです。これを説明するために皮膚に負った傷の治療を振り返ってみましょう。

 ポビドンヨードは、医療者がうがいに使わなくなったと書きました。現在は、傷の消毒に用いることもほとんどありません。手術で皮膚を切開するときには極めて効果的な消毒液ですが、傷には効果がない、というよりもかえって治癒を遅らせることが分かっているからです。20世紀には、傷には赤チンや、マキロンなどの塩化ベンゼトニウム、そしてイソジン(ポビドンヨード)などの消毒薬が使われていましたが、現在はほぼ消失しています。ちょうど私が医師になった02年あたりから、病院の救急室からイソジンが消えていきました。

 現代の医療では、傷はまず、時間をかけて水道水で洗います(日本の水道水は飲めるほどきれいです)。そして傷用の特殊な被覆材や軟膏(なんこう)を使って治療します(ラップを用いた治療もありますが、本稿の趣旨から外れるため説明は省略します)。

 一方、傷にポビドンヨードを使うと激痛が走り、その上治るのが遅くなります。痛みが生じるのは組織が傷ついて神経が悲鳴を上げているからです。ということは、ポビドンヨードでうがいをすれば、やはり咽頭(いんとう)の組織が傷つくことが考えられます。すると咽頭粘膜表面のバリアーが損なわれることになるでしょう。そして病原体の侵入を許し、風邪を引きやすくなるのです。

 ポビドンヨードによるうがいで風邪をひきやすくなるもう一つの理由として私が考えているのが、咽頭粘膜にいる多数の菌を殺してしまうことです。これらの細菌は特に我々にとっていいことも悪いこともせず、ただ単にいるだけの場合もあります。しかし、それなりに多数の菌がいると、そこに「縄張り」のようなものができます。この「縄張り」があれば、他の細菌やウイルスが侵入しにくいのではないか、というのが私の仮説です。これは腸内細菌叢(そう)での考え方を参考にしたものであり、はたして咽頭にも同じことがいえるのか、そして細菌とウイルスに違いはないのか、という問題があり、仮説の域を出ないものではあります。

ポビドンヨードを含んだうがい薬について、改めて説明する大阪府の吉村洋文知事=大阪府庁で2020年8月5日午後2時5分、石川将来撮影
ポビドンヨードを含んだうがい薬について、改めて説明する大阪府の吉村洋文知事=大阪府庁で2020年8月5日午後2時5分、石川将来撮影

医療者はポビドンでうがいをしない?

 この仮説と、一つ目の理由として述べた「ポビドンヨードが組織を傷つける」という推測が正しいかどうかは別にして、京都大の研究が示しているように、ポビドンヨードでのうがいは風邪の予防にならず、むしろ逆効果になることは、以前からコンセンサスがあります。ですから、私はイソジンでうがいをしているという医療者を、少なくとも過去15年はひとりも知りません。また、谷口医院で診ている患者さんからイソジンについて質問を受けたときは「手元にイソジンがあるなら直ちに処分して水でうがいをしてください」と話しています。

 一方、谷口医院に寄せられたある患者さんからのメールによれば、その患者さんの知り合いの薬剤師が働く薬局では、すでにイソジンを求める客が殺到してパニックになっているそうです。「密」を避けなければならないことも忘れて……。

正しい知識を身に着けて

 この連載で繰り返しているように感染症は「知識」で防げます。あまり知事の悪口は言いたくありませんが、非常時には正確な知識が重要です。最後に、新型コロナウイルスの予防に有効な知識をおさらいしておきましょう。

 #1 感染経路は「飛沫(ひまつ)感染」と「接触感染」。「エアロゾル感染」というのはきちんとした定義がないが、飛沫感染を少し広げたようなもの(参照:「新型コロナ 『空気感染』は怖くない」)。

 #2 飛沫感染(及びエアロゾル感染)の対策はマスクが重要。不織布のマスクをしていればコロナウイルスは呼気に漏れることはない(参照:「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」)

 #3 密な環境はハイリスク。飲食を伴う密な環境は極めてハイリスク。ライブハウスやナイトクラブがその代表。

 #4 接触感染は「ウイルスに触れること」ではなく「顔(特に鼻の下)を触ること」により生じる。よって、手洗いよりも「顔を触らない」ことがはるかに重要。手洗いが有効なのは次に何かを触るまでのごく短時間のみ。

 #5 新型コロナウイルスは咽頭よりも鼻腔(びくう)に多く存在する(鼻腔には咽頭の1万倍以上のウイルスが存在する)。うがいをするなら、喉よりも鼻をターゲットに(参照:「鼻にいるコロナは喉の1万倍 対策は『うがい』」)

 ※編集部注 編集部は、「イソジンうがい薬」の販売元であるシオノギヘルスケア社に見解を聞きました。同社によると、イソジンは「口腔内にウイルスや細菌がいる状態」で使うことを想定している薬だそうです。一方、「特に細菌やウイルスがいない人にはお勧めしていない」とのことでした。なお口の中の常在菌は「菌がいる」うちに入らないそうです。

 また厚生労働省は「ポビドンヨードの使用を広く勧める予定はない。今回の研究ではそこまでの関連性はない(根拠にならない)。また、水を使うか、うがい薬を使うかに関係なく、新型コロナ対策として、うがいは勧めておらず「新しい生活様式」にも入っていない」と話しました。

 研究を実施した大阪はびきの医療センターに「非感染者への使用の呼びかけを支持しますか」と聞いてみると「知事や(松井一郎・大阪)市長の発言にどうこういう立場にはない」との答えでした。

 特記のない写真はゲッティ<医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。