実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 社会の要請に応えてPCR検査増を

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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PCR検査機器と検体を入れる容器=大阪市淀川区の市立十三市民病院で2020年6月2日、久保玲撮影
PCR検査機器と検体を入れる容器=大阪市淀川区の市立十三市民病院で2020年6月2日、久保玲撮影

 新型コロナのような未曽有の感染症が流行したときには強いリーダーシップが不可欠となります。よって、少々現実にそぐわないことがあったとしても「原則としてリーダーに従うべきだ」と当初の私は考えていました。しかし、PCRの検査数については「黙っていられない」と思い直すようになり、一貫して「検査数を増やすべきだ」と主張し続けています(参考:「新型コロナ 『無症状の人にも検査を』」)。その後は行政も検査数を増やす方針となりましたが、実際の検査数は今も伸び悩んでいます。

検査拡大に消極的な医師たち

 なぜでしょうか。保健所の職員がやる気がないからでも、検査会社が消極的なわけでもありません。最大の原因は「医師が消極的だからだ」と私は考えています。医師からの積極的な要望が出てこないのです。もっと言えば、「検査を広げるべきではない」とする考えが医師の間では今も主流を占めています。

 もっとも、多くの医師が検査を広げることに懸念を示す理由はあります。その最大の理由が「新型コロナのPCRの精度はさほど高くない」というものです。

 本当は感染しているのに、検査では感染していないという結果が出る事例(偽陰性)があれば、かえって感染を広める可能性はたしかにあります。その逆に、感染していないのに感染しているという事例(偽陽性)があれば無駄な隔離を強いることになりかねません。また、軽症者や無症状者が検査目的で医療機関に押しかければ、優先順位の高い事例の検査ができない(または遅れる)、という意見もあります。さらに、どのみち軽症者は入院の適応にならないのだから、風邪の症状があれば自身でコロナを疑い自粛すればいいという考えもあります。

 これらはすべて、検査を受ける本人の診断と治療、という観点からみれば一応は正しい考えではあります。私自身も、例えば大学病院で勤務している立場なら同じことを言っていたかもしれません。

 ですが、実際の私は「どうしても検査をしてください!!」と強く訴える患者さんの声を毎日聞いています。現在、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではそういった問い合わせがあまりにも多く、電話が鳴りやまない状態です。電話の向こうの悲痛な叫びは尋常ではありません。悲鳴、おえつ、さらに暴言も毎日のように聞いています。

 実際の事例をいくつか紹介しましょう(ただし、プライバシー確保のため詳細はアレンジしています)。

「どうしても検査を」との悲鳴が次々に

 【事例1】50代女性 主婦

 風邪症状が続いていてかかりつけ医に電話すると「症状があるなら診られない」と言われ受診拒否された。他に数軒あたってみたがすべて断られた。保健所に電話すると「軽症だから医療機関を受診するように」と言われ行き場をなくしている。自宅には高齢で寝たきりの義父がいる。

 
 

 【事例2】40代男性

 某小売店のマネジャー。店舗の入っている同じフロアに新型コロナ陽性者が出た。会社からも、店舗が入っているビルからも検査が必要と言われている。ところが保健所からも複数の医療機関からも「無症状者の検査はできない」と断られている。

 【事例3】20代女性

 東北地方のある県出身。祖父が末期がんで、来年は会えないと言われている。この夏に帰省しないと最後のお別れができない。両親や親戚からはコロナの検査を受けてほしいと言われている。しかしどこも対応してくれない。

 補足していきましょう。事例1のようなケースは依然少なくありません。たしかに4月までと比べると高熱や息切れが続いているような場合は保健所で対応してくれるようになりましたが、事例1のような軽症例は保健所からは「検査の対象ではない」と言われます。かかりつけ医が診てくれればいいのですが、どこからも見放されて、というケースが今も少なくありません。こういう場合、検査以前にまずは診察が必要です。このような事例、7月中旬までは希望があれば谷口医院を受診してもらっていたのですが「発熱などの症状があり診察希望」という患者さんが急増しているため、こういった症状がある人の診察は「谷口医院をかかりつけ医にしている人のみ」に限定せざるを得なくなってしまいました。本事例もそのことを伝え、地域の医師会に相談するよう助言しました。

 事例2の男性は私にこう言いました。「病院では感染者が見つかれば全員PCRをしますよね。どうして病院では普通にできることが、我々一般人にはやってもらえないんですか!」

 至極当然の意見だと私には思えます。

 事例3のようなケースは最近特に増えています。この女性に対し「PCRは精度が高くなく、軽症や無症状であれば検査が不要で……」などといった「正論」を私には述べることができません。私がこの女性なら同じことを主張するからです。

「治療のためには」不要な検査でも

 なお、ここで「軽症や無症状なら検査不要」というのは、「本人の治療のためには不要」だということです。事例1の女性のように「もし新型コロナに感染していたら、周囲に感染させたくない」という際には、検査を受ける方が、うつす可能性は下がるでしょう。仮に陽性となれば、行政が、宿泊療養や入院などの手配をするのですから。また、事例3の女性の場合は「感染者が多発している大阪から、感染者が少ない東北に来て、しかも重症化しやすい高齢者に会うのだから、検査を受けてきてほしい」と要望を受けており、いわば「周囲の安心のため」の検査です。大阪在住でもたいていの人は感染していないわけですし、一方で、検査を受けて「陰性」と出ても「絶対感染していない」と言い切ることはできませんが、それでもこういう場合に「治療のためには検査不要」と言っても仕方ありません。

 興味深いことに、ここに紹介した3人は「PCRの精度(感度)は必ずしも高くなく検査結果は正確でない」ことを初めから知っていました。それを知った上で、それでも検査が必要と言っているわけです。事例1の女性は「それでも義父を少しは安心させることができます」と言い、事例2の男性は「顧客に安心してもらうには何らかの基準が必要です」と主張します。そして事例3の女性は「検査をしないと祖父に永遠に会えない」と涙ながらに訴えました。

報道陣に公開された、PCR検査の検体採取の手順を確認するデモンストレーション=滋賀県長浜市大戌亥町の市立長浜病院で2020年6月9日午前10時8分、若本和夫撮影
報道陣に公開された、PCR検査の検体採取の手順を確認するデモンストレーション=滋賀県長浜市大戌亥町の市立長浜病院で2020年6月9日午前10時8分、若本和夫撮影

 では、こういった要望を聞いた私は谷口医院でPCR検査を実施したのかというと、結論を言えばできませんでした。谷口医院では、「PCRを受けなければインドネシアで生き別れた夫と永遠に会えない」と訴える70代女性の悲痛な叫びを聞いたことがきっかけでPCR検査を始めることにしました(参照:「新型コロナ 検査が受けられず他国に行けない」)。海外渡航ではPCRを受けていないと入国できなかったり搭乗できなかったりするというケースが多いために、海外渡航を目的とした人に対してPCRを実施するようになりました。

 しかし、PCRを行うにはものすごく手間がかかるために(通常の診察室や処置室とは異なる別室を準備する必要があり、消毒処置にも時間がかかるため)、一日にできる検査数はわずかです。海外渡航目的の希望者だけですぐにいっぱいになってしまいます。このような状況で、これ以上検査数を増やすことはできないのです。そこで海外渡航者以外は「谷口医院をかかりつけ医にしている人のみ」とし、谷口医院未受診の人からの希望はすべて断らざるを得ないのです。

検査制限で混乱する社会

 新型コロナについてメディアで発言している「専門家」というのはたいてい大きな病院で感染症に従事している医師か研究者です。過去のコラム(「新型コロナ 自粛不要論は正しいか」)でも述べたように、そういった偉い人たちは社会全体を考えます。そして新型コロナのPCRに関して言えば、検査を制限すべきだという考えはそういった学者や医師たちの視点で社会全体をみたときには正しいのかもしれませんが、私には同意できません。率直に言えば、検査拡大に反対する医師たちは、感度の低さにこだわるあまり現実が見えていないように思えるのです。

 一方、私のように日々多くの人たちから直接声を聞いている立場の者から言えば、検査を制限している現在の方針が社会を混乱に陥れています。そして、仕事に復帰できず、自分自身のみならず家族や周囲を不安にさせ、もうすぐ他界する祖父に会えないという事態を招いているわけです。大学病院の偉い先生たちが反対したとしても、私は社会全体で検査を拡大すべきだと考えています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。