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新型コロナ 第2波で重症や死亡が少ないわけ

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
例年ならお盆のUターンラッシュで混み合うはずが、新型コロナウイルスの影響で利用客がまばらな東海道新幹線のホームに続くコンコース=JR東京駅で2020年8月15日午後4時41分、小川昌宏撮影
例年ならお盆のUターンラッシュで混み合うはずが、新型コロナウイルスの影響で利用客がまばらな東海道新幹線のホームに続くコンコース=JR東京駅で2020年8月15日午後4時41分、小川昌宏撮影

 すでにいろいろなところで指摘されているように、6月から始まった新型コロナウイルス感染拡大の「第2波」は、5月ごろまでの「第1波」に比べて、感染者数が多いものの重症化は深刻ではなく(※編集部注)、強い自粛を要請する地域は少数であり、第1波のときのような大規模の緊急事態宣言を求める声は上がっていません。今回は「なぜ第2波では感染者数の割に重症者や死者が少ないのか」について、現在主張されている意見を整理し、後半では私見を紹介したいと思います。

4、5月と今が違う理由は

 第2波の重症者、死者の少なさについては、医師の間でも意見が分かれています。理由として考えられている主な説は次の三つです。

 #1 ウイルスが変異して弱毒化した。

 #2 第1波のときに多くの日本人がウイルスに感染し(あるいはウイルスにさらされ)、すでに多くの日本人には“免疫”がある。

 #3 重症化しやすい高齢者や持病のある人たちは自発的に自粛をしており、そうした感染者の人数は増えていない。第2波で感染者が増えたのは、軽症で、第1波のときなら検査の対象とされず見逃されていたような人たちが、今回は検査を受けているからに過ぎない。

変異はあるが弱毒化の証拠はない

 #1の説はネット上で広がっているようで、実はこの考えを支持する医師も少なくありません。そして、ウイルスが変異しているのは事実です。過去のコラム(例えば「新型コロナ 『無症状の人にも検査を』)でも紹介したように、新型コロナウイルスの遺伝子変異は早い段階で見つかっており、その変異が重症化の違いと関連があるのではないかという意見は以前からありました。しかし、それが実証されたわけではありません。

 日本でも新型コロナウイルスの変異についての研究は進んでおり、国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターがウェブサイトで報告しています。同センターによれば、新型コロナウイルスの遺伝子は、1年間で平均して24.1カ所変異するそうです。それぞれのウイルスの変異の違いを調べることで、ウイルスがどのように広がったかを知ることができる、と同センターは考えています。

 同センターによると、1~2月に入ってきた武漢由来のタイプの新型コロナはすでに流行し終え、3月には欧州からの帰国者が変異したタイプを持ち込みました。その後約3カ月の間に、6塩基の遺伝子の変異が起こり、変異した新しいタイプが6月末から主に若者の間で流行しています。なお、「塩基」というのは遺伝子を構成する主要な成分、いわば遺伝子の部品だと思ってください。よって、6月末から流行しているタイプと、1、2月の「武漢型」や3、4月に日本でも猛威をふるった「欧州型」は遺伝子的には異なります。

 ですが、遺伝子的に違いがあるからといって臨床症状に差がでるとは必ずしも言えません。ましてこの6カ所の「部品」の違いが軽症化につながるなどという理屈は飛躍しすぎています。率直に言って、なぜ多くの医師までもがそのように短絡的に考えるのかが私には理解できません。#1には根拠がない、というのが私の考えです。

新型コロナウイルスの第2波到来を宣言し注意喚起する、山梨県の長崎幸太郎知事=2020年8月7日午後2時20分、梅田啓祐撮影
新型コロナウイルスの第2波到来を宣言し注意喚起する、山梨県の長崎幸太郎知事=2020年8月7日午後2時20分、梅田啓祐撮影

日本人には免疫がある?

 #2はどうでしょうか。まず押さえておきたいのが、ソフトバンクグループなどの調査から明らかになった「日本人の大半は抗体を持っていない」という事実です(参考:「新型コロナ ソフトバンクと東大の抗体調査」)。抗体陽性率が低い理由として、私自身は「抗体は短期間で消えるのではないか」と考えています(参照:「新型コロナ できた抗体が消える?」)。

 しかし、過去のコラム「新型コロナ 自粛不要論は正しいか」で紹介したように、京都大学の上久保靖彦特定教授らは「本当は抗体がある人でも、既存の抗体検査では陰性という結果が出る」と主張しています。一方、同コラムで紹介した国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授は、「新型コロナは毒性が低く、そもそも抗体は不要であり自然免疫で十分だ」という説を提唱しています。そのコラムでも述べたように、自然免疫というのは抗体とは別の免疫応答であり、毒性の低い病原体に対しては有効です。つまり高橋教授は初めから「新型コロナは比較的軽い感染症」と考えているわけです。

 私自身は高橋教授の考えに全面的に賛成しているわけではありませんが、抗体ができずに新型コロナが治癒した、という報告はあります。例えば、過去のコラム「新型コロナ 『自宅での抗体検査』が問題な理由」で紹介した中国の研究では、感染して治癒した人の5%は抗体ができていませんでした。

 他にも興味深い研究があります。イタリアから出た論文で、体内で抗体を作る免疫細胞「B細胞」を産生できない人2人が、新型コロナに感染して治った事例が報告されています。

 「X連鎖無ガンマグロブリン血症」と呼ばれる病気があります。この病気の人は生まれつき、体内でB細胞を作れません、つまり感染症にかかっても抗体を作れず、新型コロナのように治療薬がない感染症だと命を失う可能性があります。

 にもかかわらず論文で報告されている患者さんたちは治ったのです。ということは「新型コロナウイルスを退治するのに必ずしも抗体が必要ではない」ということになります。

 では、他国では相変わらず重症化する例が少なくないのに、日本人の感染者の大半が軽症(もしくは無症状)で済んでいるのはなぜなのでしょうか。上久保教授が主張するように「日本人は本当は抗体を持っているから」なのでしょうか。あるいは高橋教授が言っているように「日本人は自然免疫で対処できるから」なのでしょうか。

 私には2人の教授の主張を完全に否定することはできませんが、同意することもできません。私自身は第2波が重症化しない理由として上記#3が最も有力だと考えています。

日本全国の新規感染者数の推移(8月16日午前0時まで)=厚生労働省のウェブサイトから
日本全国の新規感染者数の推移(8月16日午前0時まで)=厚生労働省のウェブサイトから

6月以降は少ない「高齢の感染者」

 厚生労働省が年代別の感染者数をまとめた資料を、緊急事態宣言直後の5月27日時点と、直近の8月12日時点で比べてみましょう。すると60歳以上の感染者数は、5月27日までで約5200人、それ以降8月まででは約4400人です。一方、全体の感染者数は5月までが約1万6500人、それ以降が3万3000人。第2波では感染者が倍増しているのに、高齢の感染者は減っているのです。

高齢者が街に出なくなった

 こうしたデータを踏まえて私は、第2波で重症者が少ない最大の理由は「重症化のリスクがある高齢者が街に出なくなったから」、そして「高齢者が集う場所での感染対策がしっかりととられたから」ではないかと考えています。

 過去に述べたように、私自身は新型コロナに伴う日本の最大の問題は「差別」だと考えています(参照:「新型コロナ 感染の実態調査で差別解消を」)。高齢者は、感染すれば病気との闘い以上に差別に苦しめられることに気付き、若者よりも積極的に自粛をしているように私には感じられます。

 例えば、太融寺町谷口医院の患者さんのなかで高齢者や持病のある人は、外出する機会を減らすために電話再診を希望することが多い傾向にあります。

 一方、若い方はあまりそういう意識を持っていません。なかにはマスクをしていない人もいて驚かされます(そういう人には入り口でマスクを購入してもらいます)。また、ある若い患者さんは「感染していたら仕事休めてお金ももらえるからラッキー」と言っていましたが、高齢者でこのような発想をする人はそういないでしょう。若者のなかには同じ若者に感染させても大きな問題ではないと考える人がいますが、高齢者同士の場合は感染させた相手を死に追いやる可能性もあるわけですから、自身が感染すれば差別的な対応をされることを考え行動に慎重になるのでしょう。

 また、高齢者が集まるカラオケ喫茶やサロンは営業を大幅に縮小し、高齢者が集まる診療所やクリニックの多くは、少しでも発熱がある患者の受診を断っています。営業や診療を縮小すると運営的にはマイナスですが、感染者が出て店舗や診療所が差別を受けることでこうむる損失の方がはるかに大きいとみなされているのです。

 もちろん、若ければ新型コロナを軽視してよいということはありません。全体でみれば大半の若者が軽症だとしても、なかには重症化する人もいます。すでに日本でも20代、30代の死亡者がいますし、中国では20代の医師も死亡しています。新型コロナを軽症という人たちは、しばしば「インフルエンザの方が死亡者が多い」と言いますが、健康な若者がはたしてインフルエンザで命を落とすでしょうか。例えば、本サイトで紹介された50代の元ラグビー選手は新型コロナでなくインフルエンザに感染していたとしても早世したでしょうか(参考:「新型コロナで孤独死した友人に捧ぐ」)。

 第2波が重症化しない理由として、私が考えている#3が正しいのか、あるいは#1や#2が正解なのかについては現時点では答えがでていません。しかし、現時点で#1や#2を信じるのはあまりにも楽観的すぎないか、と私には思えます。

 ※編集部注 厚労省の資料によると、全国で重症者数が最も多かったのは4月末から5月初めにかけてです。5月1日の重症者数は328人で、この時の入院者数は1万1568人でした。これに対し、8月17日の重症者は243人とやや少なく、入院者は逆に多くて1万3320人でした。

 また、緊急事態宣言解除後の5月末には、感染者は累積で1万6851人。死者は891人で、感染者の約5.3%を占めました。

 6月以降、感染者数は3万9000人近く増えて8月17日には計5万5667人に。死者は208人増えて1099人になりました。6月以降の死者は、増えた感染者の約0.5%です。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。