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新型コロナ 差別を恐れ検査を嫌がる人たち

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
 
 

 前々回のコラム「新型コロナ 社会の要請に応えてPCR検査増を」で述べたように、新型コロナウイルスのPCR検査は希望してもほとんどのケースで拒否されます。症状があっても軽症では受け入れてもらえず、感染者と「濃厚接触」したため検査が必要だ、と認定されるにはいくつかの条件を満たしていなければなりません。私が院長を務める太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、谷口医院をかかりつけ医にしている人と、海外渡航で入国先から求められているケースには対応するよう努めていますが、希望するすべての人の期待には応えられていません。検査の際には別室の確保、防護服の手配、消毒処置などが必要となるために検査数が限られるからです。

勧めても検査を受けない人

 しかし、希望しても検査が受けられずに困っている人が多い一方で、検査を勧めても拒否する人が少なくありません。過去のコラム「新型コロナ 『全員入院』が招く検査拒否と医療崩壊」では、「仮に感染していても入院はしたくない」との理由で検査を断った女性の事例を紹介しました。この事例は私が3月に経験したものでしたが、同じように検査を拒否する人は依然少なくなく、むしろ増えているような印象があります。片や検査をしたくてもできない、片や検査ができるのに勧めても拒否する、というわけです。

 なぜ検査を拒否するのか、その心理を考える前に実際の事例を紹介しましょう(ただし、いつものようにプライバシー確保の観点からアレンジを加えています)。

「コロナだったら就職取り消し」?

 【事例1】 20代女性、大学生

 谷口医院にはぜんそくで通院中。現在は改善したが2週間前から1週間ほど、ぜんそくとは異なるせきと発熱があったと訴えて7月中旬に来院しました。「大変でしたね。次回からは電話してきてくださいね。こちらから保健所に交渉して新型コロナの検査ができるよう手配しますね」と言うと、「いえ、困ります。もしコロナだったら学校にバレますよね。それに私就職も決まってるんですよ。私の年なら自然に治るんですよね。コロナかなと思ったら誰にも言わずに家でおとなしくしておきます」

 【事例2】 30代女性、会社員

 発熱と倦怠(けんたい)感で7月下旬に谷口医院受診。数時間前よりせきも出てきており、新型コロナを疑うべき状態。「このケースなら保健所に言えばすぐにPCRを実施してもらえますよ」と説明すると「困ります。私、今の会社に入ったばかりなんです。迷惑はかけられません。私、こんな風邪よくひくんです。これくらい平気です。コロナじゃありません!」

 事例1の後、谷口医院をかかりつけ医にしている大学生何人かに「新型コロナかもしれない症状が出れば検査を受けますか?」と質問してみました。すると、全員が「受けない」と答えたことに驚かされました。症状があっても受けないし、濃厚接触があったとしてもそれを隠すと言うのです。その理由は「学校に発覚すると差別の対象となる」というものです。事例1の女性は就職が取り消されるかもしれないという心配までしていました。

 私が新型コロナに初めて関心を持ったのは、「中国から戻ってきた咽頭(いんとう)痛の中国人がどこからも診察拒否されている」という事例を1月末に経験したことがきっかけです(参考:「新型コロナウイルス 広がるいわれなき差別」)。そして、その時から新型コロナの最大の問題は「差別」だと言い続けています。しかし、どうやら私が思っていた以上に、この問題は深刻になっているようです。

「だれもが隠すと思います」

 ある大学生の患者さんに、少し詳しく質問してみました。その大学生(男性)は、「おそらく誰もが感染を隠すと思います。僕の大学では感染者が出たという発表はないですけど、夜の街でバイトしているやつらも多いし、感染者はたぶんいると思います」と言います。たしかに大阪府内の大学で学生が感染したという事例は(私の知る限り)報じられていません。大学生は興味深いことを言いました。「京産大の学生は悲惨な目にあったらしいですよ」

 3月に海外旅行から帰国した京都産業大の学生が卒業祝賀会に出席し、会に同席していた複数の学生が感染したことが報じられました。そして、真偽は定かではありませんが「帰省した学生が地方で感染を広めた」「差別を受けた」などの、うわさが出回りました。中には「京産大の学生のせいでショッピングモールが休業を強いられた」「父親が仕事を失った」「引っ越しを余儀なくされた」といううわさまであるそうです。たとえ、これらがデマだったとしてもネット上にこのようなうわさが出回り、感染者の個人名が特定される可能性もあるわけですから、なんとしても隠したいと考える気持ちは理解できなくはありません。

 新型コロナの場合、感染すれば検査を実施した機関から保健所に連絡が行き、名前や住所が報告されます。保健所は濃厚接触者がいないかどうかの聞き取り調査をおこないます。学生の場合、授業に出席していればそれが記録に残っているでしょうからうそはつけません。ならば、「初めから検査をしないでおこう。どうせ若者は感染しても軽症で済むのだから」と考える学生がいても不思議ではありません。というより、実際に数人の大学生に聞いた印象でいえば、ほとんどの学生が黙っていると思われます。

 
 

 事例2は明らかに問題です。入ったばかりの会社であれば何日も休めないでしょうから、症状を隠して出勤することになるのでしょう。すると、他の社員に感染させて会社内にクラスター(感染者集団)を作ってしまう心配があるわけで、「休んで会社に迷惑をかける」ことよりも、その責任の方がはるかに重いことは明白です。それでも「症状を隠し通せばバレないで済む」という考えを持ってしまう人もいるのです。私はこの女性に繰り返し「検査を受けましょう。もし受けないのであれば少なくとも1週間は休んでください」と言いましたが、らちがあきません。翌日電話をすると「検査は不要です。もう電話しないでください。私も医者だから分かります」と言われました。ただし、この女性はまず間違いなく医師ではありません。診察時には、医師であれば到底使わないような表現を使っていましたし、保険証に記された勤務先は医師を雇っているとは考えにくいところでした。ここまで言って検査を拒否する人もいるのです。

発熱しても6割が「仕事に行った」

 いったいどれくらいの人が、新型コロナの疑いがあっても検査を受けずに済ませようとするのでしょうか。

 東京医科大の町田征己(まさき)助教らの研究チームは5月中旬に、風邪症状があった場合にどう行動するかについてのアンケートを実施しました。調査は東京など1都6県の関東地方在住で仕事を持つ20~79歳の男女1226人を対象にインターネットで実施されました。発熱などの体調不良があったと答えた82人のうち、62%が仕事に行っていたそうです。

 症状があった人の6割以上が出勤したとは衝撃的ですが、もっと驚いたデータもあります。

発熱しても診療する医師たちも

 医療従事者専用サイト「m3.com」は「今、自分が『37.5℃以上の発熱、感冒症状』を発症したら、どうしますか」というアンケート調査を医師を対象に行い、4月29日と5月4日に結果を公開しました(実施したのは2020年4月11-14日。回答者は開業医300人、勤務医1054人の合計1354人)。結果は、なんと開業医の29.7%、勤務医の14.7%が「マスクをして経過観察を続けながら診療を継続する」と回答したのです。

 2月17日の時点で、政府は「風邪のときは自宅で休んで」と呼び掛けています。医師は元々体の弱っている患者さんと至近距離で接するわけですから、率先して休まなければなりません(谷口医院では、4月以降、突然休診になる可能性があることを案内しています)。にもかかわらずこれだけの医師が休まないと答えていることに驚かされます。

 調査結果を詳しくみると、休まないと答えた医師たちは、理由として「休むと風評被害が出るから」「勤務医なので迷惑をかけたくない」「収入がなくなるから」などを挙げています。

コロナ差別ストップを訴える大分県別府市のポスター
コロナ差別ストップを訴える大分県別府市のポスター

全国民が「風邪の時は自宅で休んで」

 行政や首相官邸がいつも正しい案内をするとは限りません。ですが、「風邪のときは自宅で休んで」は、新型コロナの感染が広がっている今、すべての国民が守らなければならないルールです。学生も、社会人も、そしてもちろん医療者もこのルールを順守しなければなりません。

 前回のコラム「新型コロナ 第2波で重症や死亡が少ないわけ」で、ウイルスは変異して弱毒化していると考える人が多いことを紹介しました。また、8月5日のコラム「新型コロナ 自粛不要論は正しいか」では、新型コロナを軽症だとする二つの説を紹介しました。こういった「コロナ軽症論」に根強い人気があるのは、自分が検査をして陽性と言われることを恐れる人たちからの支持を集めていることが理由のひとつではないでしょうか。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。