実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 最強の対策は「利他の精神」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルスを軽視するのは危険だ、という話を繰り返し述べてきました。一部の人は軽視してよいと主張していますが、第2波で重症者が少なくみえる理由としてよく挙げられる「ウイルス弱毒化説」や「日本人に免疫ができた説」は実証されているわけではありません(参照:「新型コロナ 第2波で重症や死亡が少ないわけ」)。また自粛不要論を信じるのは危険すぎます(参照:「新型コロナ 自粛不要論は正しいか」)。一方、有効な治療薬があるとはいえず(参照:「新型コロナ 効く薬が出る見通しは」)、期待されているワクチンも、有効性と安全性が確立され国民全員に行き渡るにはまだまだ時間がかかります。ならば早期発見に努めることを考えて積極的にPCR検査を受ければいいのかというと、現在の日本の体制ではよほどのことがない限り検査を受けられません(参照:「新型コロナ 社会の要請に応えてPCR検査増を」)。

戻れていない「新型コロナ以前」

 では我々はひたすら家にこもり外出を控え状況を静観するしかないのでしょうか。もちろん一切の外出をやめる必要はありませんが、出ていこうと思ってもかつてのような行動がとれないのが現実です。海外旅行は当分の間行けないでしょうし、国内旅行についても政府は「Go Toトラベル」キャンペーンを実施しましたが、実際には「大阪や東京からは来ないでほしい……」と考える地域の人もいるのが現実なわけです。「人災」という言葉まで使って、キャンペーンを批判する地方自治体もあるほどです。

日本でも世界でも広がる差別と対立

 前回のコラム(「新型コロナ 差別を恐れ検査を嫌がる人たち」)では、「陽性だと差別を受けるから……」という理由で検査を拒む人たちが多いという話を紹介し、感染者が出た京都産業大学の学生は、不当に悲惨な目にあったというエピソードにも触れました。先日は、クラスター(感染者集団)が発生した天理大学の複数の学生が、アルバイト先から出勤停止を求められたことが報道されました。

 過去のコラム(「新型コロナ マスク着用は地域ごとのルール化を」)でも述べたように、マスクをしていない人に注意した人が殴られる事件が国内でも起こり、米国では注意した警備員が射殺される事件もありました。英紙の報道によると、先月はフランス南西部の都市バイヨンヌで、バスの運転手が、マスクをつけていなかった客5人の乗車を断った後、暴行を受けて脳死となり死亡した事件が発生しました。

 日本でも、社会にはギスギスした雰囲気が広がり、「ふれあい」とか「ぬくもり」といった言葉はもはや過去のものとなり、口にしてもむなしく響くだけのように感じられます。有効なワクチンも薬もない▽感染すると若くても命が奪われることがある▽命は助かっても後遺症が残ることがある(参考:「新型コロナ 回復後も続くだるさや息切れ」)▽感染すれば差別の対象となる▽無症状でも感染させる▽外出がはばかられる、マスクは有効だが未着用の人に注意すると暴行を受け殺されることもある――。これでは到底まともな暮らしができません。だからこそ、新型コロナは実はたいしたことがないんだよ、という意見に人気があるのでしょう。今述べたような「事実」を否定してしまえば、一気に楽になれるのですから。

学生が差別を受けたとして記者会見する天理大の永尾教昭学長(中央)と並河健・天理市長(右)=奈良県天理市で2020年8月20日午後2時17分、広瀬晃子撮影
学生が差別を受けたとして記者会見する天理大の永尾教昭学長(中央)と並河健・天理市長(右)=奈良県天理市で2020年8月20日午後2時17分、広瀬晃子撮影

 ですが、現実に目を向けなければなりません。我々は過去半年で、世界中の人間の醜さ、非情さ、冷酷さをまざまざと見せつけられてきました。パレスチナで日本人女性が殴りかかられた事件はすでに紹介しました(参考:「新型コロナ 風邪や花粉症で差別される人たち」)。また報道によると、米シアトルでは5月に、女性と2人で街を歩いていたアジア人の男性が突然、白人のように見える男性に「何もかもお前たちのせいだ」とののしられて唾を吐きかけられ、つけていたマスクをたたかれました。

「コロナは軽症」説は下火に

 今後の日本のことを考えてみましょう。第2波は重症者が少ないという意見がありましたが、すでにこの意見も少しずつ崩れ始めています。大阪府では重症化するケースが増えてきていますし、石川県で看護師が新型コロナで死亡したことを受けて、医療者の間で流布していたコロナ軽症説も下火になりつつあります。少し前まで「新型コロナよりインフルエンザの方が死者が多い」と言ってコロナ軽症説を支持していた人たちも、若い人たちの死亡が報道され、後遺症で悩む人たちの話を聞き、考えを改めつつあります。

 そんな中、コロナに感染して重症化しても延命治療を拒否する、という話も出ています。重症者が増え、病床や人工呼吸器に限りが出てきたときには「誰に治療を施し誰にしないか」を考えなければなりません。もっと率直に言えば「誰を助けて誰を見殺しにするか」です。高齢者が若者に治療を譲るというのはひとつの考え方ですが、これを強いるような風潮ができるのはよくありません。実際、日本老年医学会は、医療崩壊が起きた場合でも暦年齢のみをトリアージ(治療の優先順位付け)の基準とすることは「最大限の努力を払って避けるべき」だと警告しています

身近な人に、できることをしよう

 では、このような感染症に対して我々は何をすればいいのでしょうか。完全な私見ですが「利他の精神」が最強の対策であることを提唱したいと思います。

 我々医療者は患者さんに治療を施して生計を立てているわけですから、我々が実施している行為は「利他」とは呼べません。「利他の精神」を発揮できるのは医療者でない人たちです。つまり、これを読まれているあなたが、見返りを求めずに身近な人に対してできることをしていくのが社会全体でみたときの新型コロナに対する最強の対策なのです。

国土交通省の職員に対してチェックイン時の検温をするホテル従業員(左)。「Go Toトラベル」事業に参加する宿泊施設の感染防止策を同省が抽出調査した=福岡市博多区で2020年8月6日午前11時10分、久野洋撮影
国土交通省の職員に対してチェックイン時の検温をするホテル従業員(左)。「Go Toトラベル」事業に参加する宿泊施設の感染防止策を同省が抽出調査した=福岡市博多区で2020年8月6日午前11時10分、久野洋撮影

 日ごろ接する人には体調が悪くなっていないか気遣い、何かあれば受診できるところや検査できるところを一緒に探し、「検査結果が陰性でも風邪症状がある」という理由で社会から差別的な扱いを受けないように配慮をし、代わりに買い物や身の回りの世話をするのです。もしもあなたの知人が新型コロナ陽性であったなら、差別を受けないために何をすべきかを考えます。感染しないための予防としてすべきことを確認し、他人に教えてあげるように努めます。「マスク警察」になるのではなく、マスクを無料配布することを考えます。他者を非難する「自粛警察」になるのではなく、他人を理解するよう努め地域社会のメンバーがいつも笑顔でいられるような計らいを考えます。もしもあなたの住む街に外国人がいたとすれば積極的に声をかけるのがいいでしょう。彼(女)らはきっと日本人よりも不安に感じているに違いありません。

 この「最強の対策」はあなたがすべきものであり、政府や自治体に頼ってはいけません。私は行政が無能と言っているわけではありません。反対意見が多く不評だった3月2日からの小中高の臨時休校措置の際に、安倍晋三首相は次のように述べました。「率直に申し上げて、政府の力だけでこの闘いに勝利を収めることはできません。最終的な終息に向けては、医療機関、御家庭、企業、自治体を始め、一人一人の国民の皆さんの御理解と御協力が欠かせません」

 現政権の良しあしは別にして、私は首相のこの言葉を国民は真摯(しんし)に受け止めるべきだと考えています。新型コロナに立ち向かっていくには我々一人一人の「理解」と「協力」が両方とも必要です。「理解」とは、正しい知識の習得です。正しい知識を得ることにより「新型コロナは差別を生み出すような感染症ではない」ことを理解できます。そして「協力」が「利他の精神」です。日本人は本来、利他の精神を発揮するのが得意なはずです。我々の心には「絆」や「ワンチーム」の精神が備わっているのですから。私自身も白衣を脱いでいる時間に、どのようにすればこの精神を発揮できるかを考えています。

 特記のない写真はゲッティ<医療プレミア・トップページはこちら

谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。