実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 検査希望者を褒めたたえよう

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルスに関する政策で、日本と海外の最大の違いは「PCR検査の規模」であることを繰り返し述べてきました。なぜ日本では、希望しても検査が受けられないのか。これにはさまざまな理由がありますが、最大の理由は「医師が消極的だからだ」という私見も述べました(参照:「新型コロナ 社会の要請に応えてPCR検査増を」)。その一方で、検査を勧めても拒む人たちが少なくないことも指摘しました(参照:「新型コロナ 差別を恐れ検査を嫌がる人たち」)。PCR検査の少なさが繰り返しクローズアップされることもあり、こちらはあまり報道されませんが、この問題を解決しなければ新型コロナ対策の成功は望めません。

差別が生みだす「感染隠し」と検査嫌い

 では、なぜ検査を拒む人が少なくないのか。それは差別をする人が大勢いるからです。新型コロナが登場してまだ1年もたっていないのに、社会の至るところに差別がはびこっています。先日は、クラスター(感染者集団)が発生した天理大学の学生たちが、アルバイト先から出勤停止を求められたことなどが報道されました。このような“事件”が起こることで「新型コロナに感染したかもしれない」と考える大学生がますますそれを隠すようになるのは明白です。

 過去のコラムでも述べたように、やはり感染者が出た京都産業大学の学生が不当な差別を受けたという話が広がり、大学生たちは検査に慎重になっています。率直に言えば、感染の可能性があってもそれを黙っておくのが“常識”となってきています。感染が確認されると学校に知られ、感染者本人も、さらに同じ大学の学生全員も差別を受けかねないからです。感染が、交友関係、サークルやクラブの人間関係、さらには就職にも影響を及ぼすのではないかと考える学生が出てきても不思議ではありません。

軽症で済んでも他人にうつすかも

 話が複雑なのは、大学生(というよりも20歳前後の日ごろ健康な人たち)のほとんどは、新型コロナに感染しても無治療で短期間で治ることです。もしも新型コロナで若者も重症化するなら、「かかったかな」と思った学生たちは、差別されるリスクと治療を受けないリスクをてんびんにかけ、検査を申し出るでしょう。検査を受けなくても軽症で済むのはいいのですが、他人に感染させるリスクが残るのは社会にとってマイナスです。

 問題があるのは大学生だけではありません。例えば、ある大病院で事務員として働く男性は、「うちの病院長は『当院はひとりの職員の感染もあってはならない』と繰り返し言うんです。初めのうちは、院内感染対策をしっかりやって不要不急の外出を避けるように、という意味だと思っていたんですけど、そうではなくて『感染したかもしれないときは黙って休め』という意味だと今ではみんなが思っています」と話していました。

 実際、その男性職員が言うには「発熱などで新型コロナ感染の可能性があると申し出た職員は一人もいない」そうです。数百人が勤務する大病院で、数カ月間にわたり誰ひとり発熱していないなんてことがありうるでしょうか。病院長の考えを忖度(そんたく)して、症状を隠している職員がいるのではないかと疑いたくなります。

 話はこの大病院に限りません。過去のコラムで紹介したように、4月に実施した医師へのアンケート調査では開業医の29.7%、勤務医の14.7%が「症状があっても仕事を続ける」と回答しています。その調査から4カ月以上がたち、新型コロナが侮ってはいけない感染症であることが周知されてきましたから、さすがにほとんどの医師は今なら「症状があれば出勤を停止し検査を受ける」と答えると思いますが、今も「仕事を続ける」と考えている医師は皆無ではないかもしれません。

罰則では解決しない

 本来なら、新型コロナの可能性がある人は、どのような立場であったとしても直ちに検査を受けなければなりません。もちろん、他人に感染させる可能性を最小限にするためです。どうしても検査を拒否すると言うのなら、少なくとも1週間(から2週間)は自己隔離しなければなりません。しかし日本では突然1週間も休暇を取ることはほとんどの人にはできません。その結果、症状を隠して出勤することになります。

検体採取の手順を確認する医師(中央)ら=2020年6月11日午後1時41分、太田穣撮影
検体採取の手順を確認する医師(中央)ら=2020年6月11日午後1時41分、太田穣撮影

 ではどうすればいいのでしょうか。厳しい法律、たとえば「症状を隠して外出すれば禁錮刑」のような規則をつくればいいのでしょうか。あるいは、「症状を隠した者はネット上に顔と名前をさらす」はどうでしょうか。

 こういった“罰則”は事態を余計に悪化させます。なぜなら、「感染したかもしれない」が“犯罪”とみられることにつながり、差別を加速させるからです。

「感染したかも」の申し出に拍手を

 すべきことはこの逆です。つまり、「感染したかもしれないから検査を希望します」と手を挙げた人を社会全体で歓迎することです。たとえば、先ほどの病院長と同じ立場なら、「感染するな」ではなく「感染したかもしれない人は手を挙げてください」と言い、さらに手を挙げた人に対して「よくぞ申し出てくれました! あなたは職員のかがみです!」と褒めたたえることが大切です。

 最近はほとんど聞かなくなりましたが、一時期、一部の自治体で医療者に感謝の拍手を送る「オベーション」が流行しました。我々医療者としては、こういった活動を広げていただくよりも、例えば医療者を親にもつ子どもの差別をやめてもらい、美容院で医療者を拒否しないでほしいわけです。もしも拍手する気持ちがあるなら、医療者にではなく、検査を希望した人に対してその気持ちを送っていただきたいと思います。

 報道によると、栃木県那須塩原市は9月に、新型コロナ感染者らの人権を守るための条例案を、議会に提出するそうです。また茨城県も、感染者や医療従事者らに対する不当な差別の禁止を盛り込んだ条令案を、9月議会に提出するそうです。大分県別府市は、市の人権問題啓発推進協議会と連名で「STOP!コロナ差別」ポスターを作成し啓発に努めています。紹介した3自治体はいずれも、これまでの差別事例を受けて対策に乗り出しました。こういった行政の対策は歓迎されるべきことだと思いますが、行政に頼りっきりではいけません。

PCR検査を実施するため、検体の処理を行う東京慈恵会医科大PCRセンターの職員=東京都港区で2020年7月14日午後3時42分、島田信幸撮影
PCR検査を実施するため、検体の処理を行う東京慈恵会医科大PCRセンターの職員=東京都港区で2020年7月14日午後3時42分、島田信幸撮影

検査を受けるのは「世のため人のため」

 前回のこのコラム「新型コロナ 最強の対策は『利他の精神』」で私は「利他の精神」の重要性を訴えました。国家間の協力が期待できず、国内ではみんなが内を向き他人とのつながりが失われていくポストコロナの世界でウイルスと闘っていくには「利他」が必要だというのが私の考えです。そして「利他の精神」の一つが、「発熱などの症状が出現すれば直ちに手を挙げる」そして「手を挙げた人を周囲は称賛する」という新しい“文化”です。検査は自分のためにではなく、世のため人のために受けるのです。

 これを読まれているあなたが私の考えに賛同されるなら、ぜひこの新しい“文化”を広めることを考えてみてください。症状が出れば、ちゅうちょせずにそれを上司や施設長、学校の先生などに申し出るのです。そして、申し出を受けた側の人は、申し出た従業員や学生を褒めたたえ、そして速やかに検査の実施を促すのです。

 私の力はごくわずかですが、現在、「検査を受けると申し出たスタッフを称賛する文化を医療界で作ろう」と機会があるたびに医療者に声をかけており、同じ趣旨で医療者向けの記事も書いています。まず我々医療者が社会に見本を見せるべきだからです。

検査体制の拡充が急務

 ここで、再びもう一つの問題「PCRの検査数が少なすぎる」に戻ります。いくら世のため人のために検査を受けたいと申し出る人が現れても、できないのでは意味がありません。早急に検査体制を拡充すべきです。ただ、新型コロナの検査はそれなりの設備が必要です。医療機関では、他の患者さんがいない時間にひとりずつ来てもらう必要があるために、簡単ではありません。例えば太融寺町谷口医院では発熱がある人に来てもらうのは、他の患者さんが全員帰ってからです。つまり、午前の診療の最後と午後の診療の最後で、1日2人しか診られません。検査数を増やすのは簡単ではないのです。

 とはいえ、「検査を受けたいと申し出た人を周囲は称賛する」「申し出があれば速やかに検査を実施する」を今後のコロナ対策の両軸とすべきです。繰り返しますが、検査は世のため人のため、コロナと闘うには利他の精神が必要なのです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。