実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 抵抗できる人は意外に多い?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルス感染症の軽症説を支持する人は依然少なくありません。過去のコラムで紹介した2人の学者の説はその後も注目され続けています。今回はもう一度その二つの説を取り上げ、「抗体」と「再感染」という観点から新型コロナのリスクを考えてみたいと思います。最新の研究報告や報道をみていると、感染に抵抗できる人は思ったより多い、という可能性が出てきているからです。

 まずは、新型コロナが軽症だとするその二つの説と、私の考えを再度紹介し、抗体についての考え方を比較してみましょう。

 仮説1 新型コロナウイルスは抗体による免疫(獲得免疫)ができるのを待つまでもなく、抗体に頼らない「自然免疫」で十分対応できる。

 仮説2 日本人の大半は1月にすでに新型コロナに感染し、有効な抗体を持っている。

 仮説3 新型コロナに感染すると、抗体は形成されるが、短期間で消失する。

 「仮説1」は国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授が提唱されている説で、「仮説2」は京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授らが主張されている考えです。興味深いことに、「仮説1」は「日本人のほとんどは抗体を持たない」という考えで、「仮説2」は「日本人のほとんどが抗体を持っている」というもので正反対となっています。「仮説3」は私の考えです。

「2度目の感染」がまれなのは謎

 さて、三つの仮説の中で、最も説得力がないのはどれでしょうか。答えは「仮説3」つまり私の考えです。ソフトバンクグルーブなどの調査で、日本人の抗体保有率が極めて少なかった理由として、私は「一度は抗体ができていたけれど、調査時までに消えたから」だと考えています。その根拠は3月と4月に行われた、神戸市立医療センター中央市民病院と、慶応大学病院での調査です。両病院を新型コロナの症状以外で受診した人の約3%が陽性でした。一方、5月から6月にかけて全国で行われた、ソフトバンクグループなどの調査では0.4%程度でした。この差を説明する理由として「短期間で抗体が消えたのではないか」というのが私の考えです。

 しかし、この考えには致命的な欠点があります。それは、もしもこの考えが正しいなら、再感染する人が現れてこなければならないからです。しかし、世界中で再感染したという報告は長らくありませんでした。

 そんな中、ついに香港の30代の男性が8月に再感染したことが、8月25日付で論文として報告されました。ついでベルギー人とオランダ人の2回目の感染を、ロイターなどが報じました

 これら三つの事例から、「感染すると抗体は形成されるけれども短期間で消えてまた感染する」という説が正しいと言えるでしょうか。答えは、「正しいとも間違っているとも言えない」です。

 なぜなら、3人とも1回目に感染した新型コロナウイルスとは異なる別の遺伝子型のウイルスに感染したことが分かっているからです。3人とも「新型コロナウイルス」に2回感染したのは事実ですが、1回目に感染したタイプと2回目に感染したタイプでは遺伝子配列に違いがあったのです。違うタイプの新型コロナウイルスに感染したのならば、2度目のウイルスには最初にできた抗体が効かない可能性があるわけで「抗体が消えたから同じウイルスに感染した」とは言いきれません。

 もう一つ重要な点があります。それは2回目の感染はいずれも軽症(もしくは無症状)だということです。香港の事例は、英国経由でスペインから帰って入国する際、空港での検査で陽性が確認されたもので、症状はなかったようです。ベルギー人とオランダ人についてはロイターの記事には詳しく書かれていないのですが、文脈から判断して少なくとも入院するほどの重症化は起こっていません。ということは(3例だけですからまだ断定はできませんが)「再感染時には軽症で済む」可能性が出てきます。※注1

例年ほどのにぎわいはないというスペイン・バルセロナの観光名所、ランブラス通り=2020年7月27日、横山三加子撮影
例年ほどのにぎわいはないというスペイン・バルセロナの観光名所、ランブラス通り=2020年7月27日、横山三加子撮影

風邪でできた抗体が新型コロナに効く?

 ここで別の論文を紹介します。他の専門家によるチェックが済んでいない出版前の論文を集めたサイト「bioRxiv」に掲載された研究「ヒトの新型コロナウイルスの既存及び新規の体液性免疫」によると、新型コロナウイルスに一度も感染したことがないのに、新型コロナが持つたんぱく質に対する抗体を持っている人がいて、その抗体が新型コロナに中和活性を持つ、つまり有効な抗体として機能するというのです。

 なお、ここで抗体の元になったたんぱく質は「Sたんぱく質」と呼ばれています。この同じSたんぱく質を、従来の風邪を起こすコロナウイルスも持っています。ですから、風邪のコロナウイルスにかかった人も、Sたんぱく質に対する抗体を持っていることがあるわけです。そしてこの研究は、風邪のコロナでできたSたんぱく質に対する抗体が、新型コロナにも有効だと主張しています。

 これは上記「仮説2」の上久保説と似ています。上久保説では、新型コロナウイルスは「S型」「K型」「G型」の三つに分類されます。先に「S型」にかかり、その後「G型」にかかれば重症化するが、先に「K型」に感染すれば、その後「G型」にかかっても「K型」の抗体が「G型」をやっつけてくれるそうです。日本では1月をピークに「K型」が流行したために、有効な抗体がすでにある人が多い(検査で抗体が陽性にならないのは検査方法に問題がある)という考えです。

 上久保説も「bioRxiv」の研究も、先に感染したコロナウイルスの抗体が、後から感染した新型コロナウイルスに有効だと考える点で共通しています。

 「bioRxiv」の研究には、もう一つ興味深いことが書かれています。風邪のコロナウイルスは誰もが生涯に何度もかかるのに、新型コロナに有効な、Sたんぱく質に対する抗体は成人からはあまり見つからず(見つかったのは成人の5.72%)、小児では高頻度(62%)に検出されているのです。新型コロナが小児に感染しにくく重症化しないのはACE2受容体が少ないからではないかという指摘がありますが、この論文では、小児の多くは風邪のコロナウイルスに最近感染しており、そのために新型コロナに有効な、Sたんぱく質に対する抗体を持っているからではないかと推測しています。

 ということは、これまでソフトバンクグループの調査などで調べられていた抗体を検査するのではなく、風邪のコロナにも新型コロナにも共通して効果のある「Sたんぱく質に対する抗体」を調べていけば、「ただの風邪のコロナに感染したから新型コロナにもかからない(もしくはかかっても軽症ですむ)」人を特定できるかもしれません。

 そう考えると、新型コロナに再感染した香港、ベルギー、オランダの3人も、初感染のときとは別のタイプの新型コロナに感染したけれど、タイプは違っても共通の部分のたんばく質(Sたんぱく質)に対する抗体が機能したのではないかという仮説が立てられます。

油断は禁物だが明るい希望も

 ここで、冒頭で紹介した三つの説に戻りましょう。「仮説1」は、そもそも新型コロナには抗体が不要で自然免疫で十分というものです。高橋教授は「日本人はBCGのおかげで自然免疫が強力なのではないか」という仮説を立てています。※注2

 これは証明されているわけではありませんが、「日本人は抗体陽性率が低いのに感染者・重症者が少ないのは、自然免疫が強力だからだ」という理論は筋が通っています。仮説2の上久保特定教授の説は先述したように「bioRxiv」の研究の主張と似ているところが興味深く、新型コロナに対する「抗体」が、どのたんぱく質を基準にしたものなのかを、今後掘り下げて調べればはっきりしたことが分かるかもしれません。

 私が考えている「仮説3」は「抗体は短期間で消える」というもので、だから一度かかってもしばらくすると抵抗力が失われ、新型コロナは侮ってはいけないとするものです。ですが、香港、ベルギー、オランダで再感染した患者が軽症であったことと「bioRxiv」の研究から、新型コロナに対してできた抗体の一部は消えても、風邪のコロナと新型コロナに共通するSたんぱく質に対する抗体で、重症化を防ぐことができる可能性が出てきました。

旧野蒜小の体育館跡地でともされた竹灯籠に浮かぶ「コロナ早くおわれ」の文字=宮城県東松島市で2020年7月23日、和田大典撮影
旧野蒜小の体育館跡地でともされた竹灯籠に浮かぶ「コロナ早くおわれ」の文字=宮城県東松島市で2020年7月23日、和田大典撮影

 一時期待されていた、いったん感染するとできて二度と感染しなくなる「免疫パスポート」は望めませんし、感染すると若い人の中にも重症化する人や後遺症を残す人がいるのは事実です。だから油断は禁物ですが、絶望的な報告ばかりだった新型コロナウイルスとの闘いの展望に、少し明るい希望が見えてきたような気がします。

 ※注1:本稿脱稿後、9月1日現在で少なくとも、さらに5人の再感染が報じられています。その中で、米国で報告された事例は初回よりも重症化したようです。次回のこの連載で詳しく報告します。

 ※注2:BCGが新型コロナの予防に有効かどうかは、医師の間でも意見が分かれています。「有効でない」と結論づけた論文がイスラエルから出ましたが、BCGの「株」が日本のものとは異なるという理由で「日本製のBCGが有効」という考えがあります。新型コロナの流行拡大が止まらないインドでもBCGは定期接種に入っています。ただ、やはり日本の株とは異なること、ワクチンが日本のように広く行き渡っていないことが指摘されています。アジアのなかでは人口あたりの感染者が多いフィリピンは、日本と同じ株を用いています。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。