母からもらった腎臓~生体間移植を体験して~

「医師として当然のことを…」<連載15回目>

倉岡 一樹・東京地方部記者
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聖マリアンナ医大病院腎移植外来で渡された生体腎移植手術の説明書類。佐々木医師の説明と同様に内容が詳細でとても分かりやすかった
聖マリアンナ医大病院腎移植外来で渡された生体腎移植手術の説明書類。佐々木医師の説明と同様に内容が詳細でとても分かりやすかった

<14回目までのあらすじ>生体腎移植手術に向けた検査で、ドナー(臓器提供者)の母(67)の腎機能に疑問符がつき、移植は一時棚上げに。しかし、母は1日2万歩以上という過酷なウオーキングを1カ月以上続け、数値は奇跡的に改善した。再び移植への道が開け、検査も順調に進む。そして6月6日、聖マリアンナ医大病院(川崎市宮前区)腎移植外来の診察で、担当医師から「8月8日に手術をする予定」と初めて期日が告げられた。その後検査入院も終えるなどいよいよ最終段階を迎えたが、体はもう限界寸前。取材直後に意識を失うなど仕事もままならない状況となっていた。

           *

 「倉岡さん、腎臓はどこに移植するか、分かります?」

 2019年7月3日、聖マリアンナ医大病院。3階の腎泌尿器外科診察室で、初対面の執刀医にいきなり問われた。

 「……」

 答えも分からなかったが、あっけにとられて何も言えなかった。それが生体腎移植手術のエキスパート、佐々木秀郎医師との出会いだった。

 すらりとして秀才然、どことなく陰があって冷徹――。診察室のドアを開けるまで、私には勝手な「外科医」のイメージがあった。それは、いい意味で裏切られた。

 「倉岡さん、ですね。腎泌尿器外科の佐々木と言います」

 短髪に眼鏡、人懐っこい目。ドラマの名脇役のような穏やかな表情に、緊張は緩んだ。だが、大学の准教授(当時、現在は病院教授)にして、日本泌尿器科学会の専門医・指導医、そして日本臨床腎移植学会の腎移植認定医だ。

 話の展開は早い。冒頭の問いにポカンとしていると……。

 「通常、右の下腹部の骨盤の中です。ちょうどいいスペースがあるんです。倉岡さんの腎臓は取りません。そのままにしておきます」

 「取らない!? 腎臓は三つになるのか……」

 口には出さなかったが、口は開いていただろう。驚く私を尻目に、話は続く。

 「外科手術では、不必要なことはしません。だって、それで何か事故が起きたらだめでしょ。格好つけて取ろうとする人もいるようですが、違うと思う。ドナーのお母さんは来週いらっしゃるので、細かい説明はその時に回します。今日は“さわり”ですね」

 生き生きとした表情、抑揚のある話し方。自分の手術…

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倉岡 一樹

東京地方部記者

1977年生まれ。早稲田大卒。2003年、毎日新聞社に入社。佐世保支局を振り出しに、福岡報道部、同運動グループ、川崎支局、東京運動部、中部本社スポーツグループなどを経て、19年4月から東京地方部。スポーツの取材歴(特にアマチュア野球)が長い。中学生の一人娘が生まれた時、初めての上司(佐世保支局長)からかけてもらった言葉「子どもは生きているだけでいいんだよ」を心の支えにしている。