令和の幸福論

安倍政権と社会保障政策

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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辞任表明の記者会見を終えた安倍晋三首相を乗せ、首相官邸を出る車両(右から2台目)=東京都千代田区で2020年8月28日、吉田航太撮影
辞任表明の記者会見を終えた安倍晋三首相を乗せ、首相官邸を出る車両(右から2台目)=東京都千代田区で2020年8月28日、吉田航太撮影

 政治の風景はどの観点から眺めるかで違って見える。政治家のイメージも角度によって異なり、別人のように見えたりする。政治に問題があるのだろうが、見る側の思想や立場がバイアスとなってゆがんで見えてしまうことも多い。

 歴代で最も長かった第2次安倍晋三政権が終わる。集団的自衛権の行使を一部認める安全保障法制、「共謀罪」の創設などを推し進めてきたのが第2次安倍政権だ。任期中計6回の衆参両院選ですべて大勝し、「1強」といわれる政治体制を築いたからこそであろうが、リベラル勢力からはタカ派的な政策に加え、強引な政治手法への批判は強い。「森友・加計」問題や「桜を見る会」では官僚の忖度(そんたく)、公文書の改ざんや廃棄も相まってさらに悪評が聞こえてくる。

 こうして見ると、安倍政権とはこわもてで異論を封じ込め、社会の分断をあおり、臭いものには問答無用でフタをする、そんなイメージを持たれる人が多いのではないか。

 しかし、社会保障に関しては、民主党政権のときに手掛けた「税と社会保障の一体改革」を、2度の消費増税延期があったとはいえ成し遂げ、保育所などを大幅に拡充する「子育て新システム」や教育無償化を実現した。従来の自民党政権が無視を決め込んできた課題に取り組み、大きな転換を図ったことが印象に残る。特に、障害者施策については、第1次安倍政権のときから予算が順調に伸び続け、障害者差別解消法を制定するなど画期的な成果を上げたと思う。

 第2次安倍政権の発足から昨年10月まで、毎日新聞の社会保障担当論説委員として、6年半にわたって安倍政治を見てきた私自身の率直な感想だ。

 政治スタイルや人柄、イデオロギーの好き嫌いは誰しもあり、それを否定するつもりはない。しかし、大好きな政治家でも失政があったら目をつぶることはできないし、嫌いな政治家でも評価に値する有為な仕事や成果は認めるべきだと思う。政権が持つ袋の中の玉の過半数が黒色に見えるからといって、すべてを黒色と断じて全否定したのでは、政治は一歩も前に進まない。

 5年前の正月が明けた週末の午後、鳥取県の米子空港からタクシーに乗った。毎年、この時期には鳥取県内で障害者福祉に取り組んでいる施設職員らが「とっとりフォーラム」という福祉イベントを2日間にわたって開催する。鳥取県知事や厚生労働省の官僚、政治家らも登壇して数百人の聴衆を前に、日本の障害者福祉や地域づくりについて語り合うイベントである。

 最後のセッションは鳥取選出の有力議員である石破茂氏が登壇し、聞き役として私が相手をさせていただくのがここ数年の恒例となっている。防衛族・農水族として知られる石破氏だが、財政や社会保障をめぐる課題と政策についてもわかりやすく説明する。ユーモアを交えて聴衆の心をつかむことに毎回驚かされる。

 そのイベント会場に向かっていたタクシー、私の隣には空港から乗り合わせた体の大きな政治家がいた。たわいのない話をしていたのだが、ふと何かに気づいたのであろう、携帯電話を取り出してダイヤルを押し始めた。

 「おかげさまでようやく話がまとまりました。財務省が最後まで姑息(こそく)な一文を入れたので、そこでもめたのですが。総理にも報告してあります……」

 年末から15年度の介護報酬・障害者福祉サービス報酬の改定のための政府内での交渉が続けられていた。鳥取のフォーラムにやってくる前日まで、財務省や官邸を巻き込んで激烈な交渉が続けられており、熱を帯びた交渉の場に、政治家はいたのである。通話の相手は菅義偉官房長官という。固唾(かたず)をのんで、私は会話の断片に耳を澄ませた。

 電話を切ると、その政治家、衛藤晟一首相補佐官(当時)は私の方を見て苦笑した。

 「財務大臣室に乗り込んでね、麻生さん(太郎財務相)と怒鳴りあいだよ。麻生さんも引かないからね」

 交渉でのことを思い出したのか、衛藤氏は財務官僚がマイナス改定にこだわって合意文書に自分たちの思惑を巧妙に潜り込ませたことを冗舌に語った。

 衛藤氏は自民党社会部会長を経験したこともあり、社会保障制度に通暁し厚生労働省が財務省や他の有力政治家との交渉をする際に頼りにしてきた政治家の一人だ。障害者福祉については、大分市で市会議員をやっていた政治家としての駆け出しのころから、地元の知的障害者の親の会と交流をあたためてきたことで、強い思い入れがある。

 障害者福祉の業界内でも広い人脈があり、鳥取のフォーラムには毎年のように登壇していた。

 15年度の報酬改定について財務省はいつになく厳しい態度で臨み、介護報酬は全体ではマイナス2.27%で決着した。障害者福祉サービスも介護保険並みのマイナス改定を財務省は迫ってきた。これに対して、衛藤氏ら厚労族議員は激しく抵抗し、後に厚労相になる加藤勝信官房副長官(当時)も加わって、菅官房長官や安倍首相にまで根回しをして前回比プラスマイナス「ゼロ」にまで押し返したのだった。

 安倍首相の側近として、第2次安倍政権の発足時から首相補佐官に就任して社会保障政策のグリップを握ってきた実力者の面目躍如といったところだ。

 医療保険の診療報酬改定では毎回、政治力のある日本医師会が厳しい態度で交渉することで知られているが、障害者福祉サービスの報酬改定で政治を舞台にここまで大きな騒ぎになることはなかった。医療と違って、障害者福祉は予算規模が小さいこともあり、業界団体が医師会ほどの政治力を持っているわけではないためでもある。

 ともあれ、15年度の障害者福祉サービスの報酬改定は、衛藤氏らの政治力によって財務省がもくろんだマイナス改定を覆すという、ちょっとした「事件」を起こしたことになった。

 衛藤氏を私が最初に知ったのは1996年の薬害エイズ事件のころだ。

 アメリカの製薬会社から輸入した非加熱血液凝固因子製剤の中にエイズウイルスに汚染されたものがあり、国内の血友病患者の4割にあたる約1500人がエイズウイルスに感染し、すでに600人以上が死亡したとされる前代未聞の薬害である。

 厚生省(当時)の幹部が歴代天下った製薬会社が輸入販売元の一つで、この会社から血友病権威の医師に多額の献金が贈られていた。典型的な「産官学」癒着のスキャンダルだ。東京と大阪で患者らが国と製薬会社を相手取って損害賠償請求訴訟が起こされ、後には東京地検特捜部が血友病専門医、厚生省幹部、製薬企業の歴代社長などを逮捕する刑事事件へと発展した。

 当時、政局は目まぐるしく変わっていた。自民・社会・さきがけの連合政権の下、厚相になった菅直人氏(後の首相)が省内に調査プロジェクトチームを発足させ、長年隠されてきた内部資料を見つけては記者発表した。国に重大な責任があることは誰の目にも明らかになった。菅氏は厚相として原告たちの前で正式に謝罪し、損害賠償請求訴訟は和解が成立した。実質的な原告勝訴の和解内容だった。薬害エイズを解決に導いたヒーローとして菅氏は国民的人気を集めたものだった。

 国会では関係者を参考人招致して集中審議が何度も開かれた。若き論客として質問に立った枝野幸男氏(現立憲民主党代表)らが舌鋒(ぜっぽう)鋭く参考人を追及する様子が度々テレビに映し出された。

 自民党を代表して質問に立ったのが、衛藤氏だった。長年政権を握り続けながら、この問題の解決には消極的だった自民党はただでさえ旗色が悪い。実直な人柄なのだろうが、ぼそぼそと抑揚のない口調で質問する衛藤氏の印象は濃いとはとても言えなかった。

 民事訴訟や刑事事件が一段落したころ、薬害エイズ訴訟を率いてきた弁護団の中心的弁護士がしみじみ言っていたのをはっきり覚えている。

 「菅さんや枝野さんじゃないんだ。本当に大きな力になったのは自民党。やはり大きな政党が動かなきゃダメなのだと思い知らされた。あまり目立たないけれど、衛藤議員の働きが大きかった」

 この弁護士は思想的には共産党など革新勢力に近く、なぜそんなことを言うのか不思議に思ったものだ。敵だと思っていた自民党が最後は解決に向けて協…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。