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新型コロナ ワクチンが逆効果になる心配

谷口恭・谷口医院院長
 
 

 前回は、新型コロナウイルスに再感染した患者3人の事例を紹介し、初感染時に形成された抗体が有効だったのかどうかの結論は出ていないものの、再感染時には軽症で済む可能性を指摘し、「少し明るい希望が見えてきた」という言葉で締めくくりました。ところが、その原稿を脱稿した翌日、米国から、一転して懸念材料となる情報が入ってきました。どんな情報で、私が何を懸念したのか。今回はそのあたりを説明したいと思います。

 情報の元は、医学誌「New England Journal of Medicine」が運営する情報サイト「Journal Watch」です。8月30日の「Medical News」で米国での再感染の事例が報告されています。簡単にまとめると次のようになります。

2度目の方が病状が重かった再感染者

 8月下旬、米ネバダ大学は、新型コロナウイルスに再感染したと考えられる米ネバダ州の男性の症例を報告した。この男性は4月に新型コロナウイルスに感染したことが分かっている。そのときの症状は軽症であり、2度の検査でウイルスが消えたことが確認されている。その後、5月末に再度陽性となり、今度は初感染時よりも病状が重かった。遺伝子解析の結果、初感染時のウイルスと再感染時のウイルスは、別のタイプだったことが示された。

 本稿を執筆している9月3日現在、新型コロナに再感染したとされる人は8人いますが、再感染時に初回より重症化したと報告されている事例は他にはないようです。わずか1例だけですから、再感染時に重症化する程度はどれくらいかを推測することはできません。ですが、1例のみとはいえ、この事例は今後の新型コロナ対策を考える上でのターニングポイントになる可能性があると私はみています。2度目に病状が重くなった原因が、「1度目の感染」そのものなら、大変なことになるかもしれないのです。

 
 

きちんとした予防策で感染は防げるが

 ちなみに、まだ「新型コロナがインフルエンザとさほど変わらない」と言われていた2月中旬、中国の医師、李文亮氏が新型コロナで死亡したことが私にとってのターニングポイントになりました。持病のない30代の健康な医師がインフルエンザで他界することはありません。このニュースを知ったとき「最悪の事態も覚悟しなければ……」と思い直すに至りました。

 しかしながら、その後の研究報告などを知ったことで、新型コロナウイルスの感染は、きちんとした予防策をとれば防げることを、私は確信しています。基本的には「相手に」サージカルマスクを着用してもらえば飛沫(ひまつ)感染を(ほぼ)ゼロにすることができ、顔(鼻の下)を触らなければ接触感染も(ほぼ)ゼロにできるからです(参考:「新型コロナ 感染防止に自信が持てる知識と習慣」)。マスクを外せば元も子もありませんから、他人と飲食を共にする行為が危険性を伴うことも言い続けています。ですから、実は私自身は新型コロナをあまり恐れていません。太融寺町谷口医院の「発熱外来」を受診する患者さんのなかには新型コロナ陽性の人もいますが、鼻腔(びくう)から検体を採取する際には、私がPPE(防護服)を着用し患者さんの後ろに回って鼻に綿棒を入れ、さらに換気対策を適切に実践していれば、理論上、院内感染は起こらないのです。

猛スピードのワクチン開発に懸念

 そんな私がネバダ州の事例を聞いて「大変なことになるかもしれない!」と思ったのは、「ワクチンが危険かも!」と考えたからです。

 現在、異例のスピードで世界中の企業がワクチン製造にしのぎを削っています。通常は、ワクチンは開発から販売までに10年前後の年月が必要となります。動物実験で効果と安全性が確認されたとしても、実際にヒトへの投与で安全を担保するには「治験」と呼ばれる、健康な人に対する研究を経ねばならないからです。しかし、新型コロナについては各国とも従来の行程を省略する方針のようで、ロシアにいたってはすでに完成していて接種開始間近という情報もあります。

 
 

 ネバダ州の男性はいったん新型コロナに感染して治癒して、そして再感染しました。ということは、初感染時に抗体が形成されていた可能性が高いわけです。ならば、2回目の感染時に重症化したのはその抗体に原因があるとは考えられないでしょうか。私がこのような仮説を立てる理由を紹介しましょう。

ワクチンが重症化を招いた事例

 「フィリピンでのデング熱ワクチンの失敗」を過去に何度か取り上げました(例えば「人ごとでないフィリピン『ワクチン不信』と麻疹急増」)。当初から安全性を懸念する声が医療者から上がっていたにもかかわらず、フィリピン政府は、2016年4月から17年11月にかけてサノフィ社のワクチン「Dengvaxia」を80万人以上の子供たちに接種しました。その結果、およそ600人の子供が死亡しました。因果関係がはっきりしない事例もあるでしょうが、17年11月、サノフィ社は「Dengvaxiaをデング熱ウイルスに感染歴のない子供に接種すべきでない」と発表し、フィリピン当局は「このワクチンを永久に禁止する」と宣言しました。

 では、なぜこのワクチンが子供を死に至らせたのでしょうか。実はこのワクチンは「過去にデング熱に罹患(りかん)した人」に対しては、今も有効と考えられています。危険なのは「一度もデング熱ウイルスに感染したことのない人がワクチンを接種した後に感染したとき」です。デング熱には4種のタイプがあり、2回目に1回目とは異なるタイプのウイルスに感染すると重症化することが知られています。つまり、デング熱未感染者にワクチンを接種すると、そのワクチンが1回目の感染と同じような効果をもたらし、そして実際に感染したときに「2回目の感染」と同じ事態になると推測できるわけです。

 ここまでくれば私の言いたいことがお分かりだと思います。つまり、新型コロナウイルスがもしも2回目の感染時に重症化するなら、ちょうどフィリピンのデング熱ワクチンと同じように、ワクチン接種が1回目の感染と同じ状態をつくりだし、実際に感染したときに2回目の感染と同じメカニズムで重症化する可能性が出てくるのです。

抗体の中には「悪玉」もある

 なぜ、「初回は軽症、2回目は重症」となるかは、しばしば「抗体依存性感染増強現象」という言葉を使って説明されます。メカニズムはよくわかっていないものの、感染症の領域では以前から知られている現象です。感染したときにヒトが作る抗体が体を守らずに、逆に、いわば病原体に味方するような形になって病状を悪化させるのです。そして、その病原体に味方する抗体のことを便宜上「悪玉抗体」と呼ぶことがあります。この現象が起こる感染症の代表が今述べたデング熱で、他に有名なのがエボラ出血熱です。

 周知のようにエボラ出血熱は、短期間に一気に重症化する極めて致死率の高い感染症です。そして、ウイルスに感染してできる抗体の一部がウイルスの影響を増強することが分かっています。つまり、エボラウイルスに感染すると短期間に悪玉抗体がつくられ、その抗体が病状を悪化させると考えられているのです。

 「抗体」と言えば、一般的には麻疹や風疹の抗体のように病原体をやっつけてくれるイメージがあると思います。実際、ワクチンの目的は抗体を作ることです。ですが、実はすべての抗体が我々の味方とは限りません。

 過去のコラム「新型コロナ 有料の抗体検査は『無駄』」で、抗体には「役に立つ抗体」と「役に立たない抗体」があるという話をしました。

 「役に立つ抗体」の代表が麻疹や風疹のウイルスに対してできる抗体で、これらは病原体をやっつけてくれます。いわば「善玉抗体」です。

 一方、「役に立たない抗体」の代表はHIV(エイズウイルス)やC型肝炎ウイルスに対してできる抗体です。これ自体は「悪玉」ではないのですが、ウイルスを退治してくれません。

 そして役に立たない抗体の中にはさらに、デング熱でできるような「悪玉」もあるわけです。表にまとめると次のようになります。

 
 

 新型コロナウイルスに感染してできる抗体は悪玉抗体かもしれない……。ネバダ州の事例から今私はそれを懸念しています。さらに、ワクチンが悪玉抗体をつくりだす可能性はないと言い切れるのでしょうか(注)。ちなみに、フィリピン人の私の知人は「フィリピン人はサノフィ社のギニーピッグ(実験台)にされた!」と憤慨していました。

 冒頭で紹介した前回述べた私の「希望」はわずか1日で不安に変わってしまいました。

注:従来、ワクチンというのは抗体を誘導するものですが、「DNAワクチン」と呼ばれる新しいタイプのワクチンの研究が進められています。理論上は、DNAワクチンであれば悪玉抗体を誘導することはなく安全とされています。しかし、実用化にはまだまだ時間がかかるであろうと言われています。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。