実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 自己検査PCR「安易に受けないで」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 過去の連載で「個人でお金を払って受ける新型コロナウイルスの抗体検査は無駄」という話をしました(参照:「新型コロナ 有料の抗体検査は『無駄』」)。そもそも、抗体検査は現在感染しているかどうかが分かるものではありませんし、自己検査キットには精度にも問題があります。では、PCR検査はどうでしょうか。最近、ウェブで申し込む「自己検査のPCR」を受け付けている検査会社や、「来院不要」とうたってPCRを引き受けるクリニックが増えてきています。検査を受けたい人には、検体を入れる容器が送られます。その人は自分で検体をとり、容器に入れて送り返し検査してもらうのです。そこで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからは「自己採取のPCRについてどう思いますか?」と尋ねられる機会が増えてきました。結論を一言で言えば「安易には受けるべきでない」となります。順に解説していきましょう。

「ウソの陽性」と「ウソの陰性」

 まず基本的なことをおさらいしておきましょう。PCRとは病原体(ウイルス)の遺伝子の一部を検出する検査法です。「感染すると陽性、治ると陰性」というのは大まかには正しいのですが100%そうと言えるわけではありません。ここでキーワードとなるのが「偽陽性」と「偽陰性」という言葉です。どちらも聞きなれない難しい言葉ですので覚え方のコツをお伝えします。「偽」は「ウソ」という意味ですから、「偽陽性」とは「ウソの陽性。本当は陰性」と覚えます。同様に「偽陰性」は「ウソの陰性。本当は陽性」です。

 PCRには偽陽性も偽陰性もあります。ただし、感染初期の偽陽性はきちんと検査が実施されていればそう多くはありません。検査の過程で他人の検体が混ざってしまったという人為的な事故が起これば別ですが、そうそう起こり得るものではありません。一方、治癒後は別です。「新型コロナが治ったはずなのに、その後2カ月以上にわたりPCRが陽性のまま」という事例が報告されることがあります。新型コロナについてまだよく分かっていなかった3月から4月ごろには、PCRが陰性にならないという理由で長期間入院を強いられた人もいました。

 なぜこのようなことが起こるのか。それはウイルスが死んだ後も、その破片である遺伝子が体内に残ることがあるからです。ですから、新型コロナの場合、治癒したかどうかを確認する検査としてPCRは有用な検査法ではありません。では、どうすれば治ったかどうかを確認できるのか。新型コロナウイルスは慢性化しません。ですから発症して一定期間が経過し症状が改善しているのであればそれで治癒とみなすことができます。

 新型コロナの自己検査で問題になるのは「偽陰性」の方です。検体の採取の仕方にもよりますが、うまく取れて、しかも実際は感染していても、必ずしも陽性と出るとは限りません。これは検査を行うタイミングにもよります。一般的には発症して1~2日目あたりが最も正しく陽性と出る率が高い(=「感度が高い」)と言われますが、それでも100%にはなりません。最も適したタイミングで検査を行っても100%にならないわけですから、無症状のときの正確さはかなり下がります。しかし、その一方で無症状者の検査で陽性となる事例が少なくないこともまた事実です。

「陰性証明」に意味がない理由

 谷口医院の患者さんは(私が言うのもなんですが)安易な宣伝に乗せられずにきちんと科学的に物事を考える人が多く、そういった自己採取PCRに興味を持ったとしても先に私に相談してくれます。たいていは「無症状で感染者との明らかな濃厚接触がないのであれば検査不要」と説明しています。というのは、こういう人は検査を受けなくても「ほぼ感染していない」と判断できます。一方、検査を受けて陰性になったとしても、「偽陰性」の可能性は残るので、「絶対に感染していない」と断言はできません。陰性と出たことで、検査を受ける前に比べて感染している確率がわずかに下がりはするのですが、それでもやはり「ほぼ感染していない」という結論になります。検査してもしなくても、結論はほぼ変わらないので「検査不要」というわけです。なお、このような事情で、インフルエンザも含めて「陰性証明」には、あまり意味がありません。

 ただし、過去のコラム「新型コロナ 検査が受けられず他国に行けない」でも述べたように「PCRの陰性証明がなければ生き別れた夫と再会できない」と切実に訴えられたある妙齢の女性の言葉がきっかけとなり、谷口医院でも海外渡航を目的としたPCRは承っています。

感染を疑う事情があれば別

 さて、感染を疑った人が自己採取のPCRで検査を受け、陰性となった場合を考えましょう。もともと感染を疑うべき事情が何かあるなら、「ほぼ感染していない」とは言えず「ひょっとしたら感染しているかも」ということになります。そこで検査を受けて「陰性」と出ると、感染している確率はやや下がりますが、偽陰性かもしれないため、やはり「ひょっとしたら」の状態です。

 こういう場合に、この人は「PCRには偽陰性もあるからしばらく自粛しよう」と考えるでしょうか。というより、そもそもウェブで申し込み、結果がメールで知らされるような検査で、偽陰性についてきちんと説明されているでしょうか。おそらく業者は「ウェブやメールで案内している」と言うでしょう。ですが検査を受ける人は正確に理解しているでしょうか。

 
 

陽性を隠された場合が心配

 自己採取の検査にはもっと大きな問題もあります。保健所や医療機関の検査でPCR陽性となればこの時点で診断が確定し、診断した医師には、法律的に行政への届け出義務が発生します(怠れば罰則もあります)。届け出を受けた保健所は濃厚接触者がいないかどうかを調べ、必要な人に連絡を取り検査を促します。そして陽性者には2次感染を防ぐために入院もしくはホテル療養、自宅療養の手配を行います。

 一方、自己検査の宣伝をしているいくつかの検査会社のサイトをみると、検査結果を「本人以外には伝えません」「報告の義務はありません」「こっそり検査できます」などと書いてあり、他人に知られずに済むことを強調しています。※編集部注

 過去のコラム「新型コロナ 検査希望者を褒めたたえよう」で述べたように、発覚したときの差別を恐れる気持ちから検査を拒否する人たちは少なくありません。このような人たちからすれば、陽性でも誰にも知られないこういった検査はうってつけとなるでしょう。

 もしも感染を隠したいと考えている人が陽性となった場合「誰にも知られたくはないけれど、他人に感染させてはいけないから自粛しよう」と考えてくれればまだ被害は抑えられます。ですが、「理由もなく休んだら『コロナじゃないのか』と思われるかもしれない。だから解熱剤とせき止めを飲んで出勤(通学)しよう」と考える人がいたとすればどうなるでしょう。

 さらに、感染を届け出なければ、行政が感染の状況を正確に把握できず、適切な対策をとりにくくなるという問題もあります。

 もう一つ、心配なことがあります。自己検査の費用が考えられないほど安いのです。安いのはいいことなのですが、PCRはそんなに費用を抑えられる検査ではありません。保険診療で決められている点数(価格)も決して低くはありません。それくらい費用がかかるものなのです。しかし自己検査を行っている検査会社やクリニックのウェブサイトをみると格安の値段がついています。複数回用チケットを買えば1回あたり9000円というところもあります。そして、たいていは「医療機関で実施するのと同じPCR」とうたっています。ですが、こんなに安い料金で精度の高い検査を実施できるのか私には疑問です。そもそも、本当に医療機関と同じ器械や試薬を使っているかどうかがサイトからは分かりません。

検疫検査場の特設ブース。新型コロナの検査に使う唾液を出しやすいよう、梅干しやレモンの写真が張られている。行われるのはPCRではなく抗原検査だ=成田空港で2020年8月17日午前11時50分、中村宰和撮影
検疫検査場の特設ブース。新型コロナの検査に使う唾液を出しやすいよう、梅干しやレモンの写真が張られている。行われるのはPCRではなく抗原検査だ=成田空港で2020年8月17日午前11時50分、中村宰和撮影

時には役立つことも

 ただ、PCRは抗体検査とは異なり、自己検査であったとしてもまったく無意味とは言えません。偽陰性が起こり得る(精度が低い検査であれば起こる確率が上がります)ことをきちんと理解し、陽性であれば届け出をされることを了承した上で受けるのであれば、問題ばかりというわけではありません。むしろ、検査を受けたいと保健所に交渉しても渋られることが多く、医療機関の発熱外来の枠にも定員がある現実を考えると、自己検査はときに役立つかもしれません。

 先述したように、谷口医院では海外渡航で求められている人に対してPCRを実施しています。一時は「提出しないと仕事にありつけない」という理由で希望する人に対しても承ることを試みましたが、とたんに希望者が殺到したために、対象者を「谷口医院をかかりつけ医にしている人」または「海外渡航で求められている人」に戻しました。検査会社にキャパシティーがあるからです。そこで抗原検査を始めましたが、希望者が増えると一般の患者さんにしわ寄せがいきますから、実際には希望されても大半の人にお断りしているのが現状です。

 ですからPCR(及び抗原検査)の需要はものすごくたくさんあるわけで、今からクリニックや検査会社をつくっても大もうけできると思います。ですが、これは間違っています。本来陰性証明にはほとんど意味がありません。その認識をまずは社会全体で共有することが大切です。

※編集部注 編集部が厚生労働省に確認したところ、新型コロナについての報告義務があるのは「感染者を診断した医師」だけで、感染者にも、また、検査した会社にも義務はないそうです。ただ、実際には検査で陽性となった場合、医療機関を紹介している会社が多いとのことでした。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。