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インフルワクチン 10月接種で春まで効くのか

谷口恭・谷口医院院長
インフルエンザワクチンの予防接種=福岡市の病院で2016年1月7日、和田大典撮影
インフルエンザワクチンの予防接種=福岡市の病院で2016年1月7日、和田大典撮影

知っているようで、ほとんど知らない風邪の秘密【21】

 新型コロナウイルスの流行が続く中、似たような症状を呈するインフルエンザがはやりだすと大変なことになります。「インフルエンザ? それとも新型コロナ?」と悩まなければならない状況は可能な限り避けたいものです。そのためにすべきことの一つが「インフルエンザのワクチン」です。今年は例年よりもさらに「接種がお勧め」なのですが、一方で、勧める上での課題もあります。今年のインフルエンザワクチンについて、現状と課題をみていきましょう。

「弱者を守るため」のワクチン接種

 過去のコラム(例えば「インフルエンザワクチンは必要? 不要?」)でも述べたように、インフルエンザのワクチンは接種しても必ずしも感染を防げるわけではありません。年によっては、感染予防の効果がわずかしかないこともあります。ですが、重症化を予防し他人に感染させるリスクが低下しますから、よほどのことがない限りは接種すべきです。米国疾病対策センター(CDC)はウェブサイトに「生後6カ月以上の人全員に、年に1度のインフルエンザワクチン接種を推奨する」と記しています。ちなみに私の考えは、「自分の身を守るため以上に、他人に感染させるリスクを下げるために接種すべきだ」というものです(参考:「インフルのワクチンは『弱者を守るため』に打つ」)。

 日本の厚生労働省の見解をみてみましょう。厚労省のサイト「インフルエンザQ&A」のQ9「インフルエンザにかからないためにはどうすればよいですか?」には「インフルエンザを予防する有効な方法」として、最初にワクチンが挙げられています。ただ、対象者が書かれておらず「全員」などの表現はありません。また、米国ではrecommend(推奨する)という表現が用いられているのに対し、日本では積極的にワクチンを勧める言葉が見当たりません。せいぜい「インフルエンザワクチンの接種を検討していただく方が良い」といった歯切れの悪い表現が散見される程度です。厚労省の姿勢は、米国と比べると消極的な印象を受けないでしょうか。

毎年の接種は国民の4割程度

 では、日本ではどれくらいの人が実際にワクチンを接種しているのでしょうか。厚労省サイトのQ27には「昨年度(2018年度)の推計使用量は約2630万本でした」との記載があります。13歳未満の小児やハイリスクの成人は2回接種しますから正確な推計は困難ですが、1本で2人分の量がありますから、接種したのは国民の4割程度となります。

 また、経済協力開発機構(OECD)は、各国の65歳以上の高齢者について、インフルエンザワクチンの接種率をまとめています。そのデータによると、日本の高齢者は、17年には48.0%がワクチンを接種しています。各国の高齢者の接種率をみると、全31カ国中、日本は19位。米国は3位で68.7%(18年)、2位がイギリスの72.0%(同)、1位が韓国の85.1%(同)です。

厳重な衛生管理の下製造されるインフルエンザワクチン=香川県観音寺市の阪大微生物病研究会観音寺研究所で
厳重な衛生管理の下製造されるインフルエンザワクチン=香川県観音寺市の阪大微生物病研究会観音寺研究所で

 ここまでをまとめると、日本では、行政が米国ほど国民に広くワクチン接種を呼びかけているわけではなく、実際に接種している人も少ないといえます。

 これらを前提として、20年9月11日付の厚労省新型コロナウイルス感染症対策推進本部からの事務連絡をみてみましょう。ここには「(インフルエンザワクチンの)定期接種対象者(65歳以上の方など)は10月1日から接種を行い、それ以外の方は26日まで接種をお待ちいただくよう」と書かれています。高齢者の新型コロナ対策最優先、という考え方なのでしょう。

 これに対して、医療界ではちょっとした“騒ぎ”が起こりました。優先するのは高齢者だけでいいのか、という意見が出されたのです。日本小児科医会は「今季インフルエンザワクチン優先接種順に関する日本小児科医会の解釈」という提言を出し、「高齢者だけを早期に完了する接種計画を立てるのではなく、他の年齢層で接種が必要な方への接種も考慮すべきである」と厚労省の見解に異議を申し立てています。

来年4月まで効果が続くか

 優先順位以外にも問題はあります。高齢者(や他のハイリスク者)を優先するとして、ワクチンの効果はインフルエンザの流行が終わるまで持続するのか、という問題です。

 インフルエンザは年によっては流行の時期が遅れることがあります。15年は4月に流行が起こりました。10月に接種したとして4月まで効果は持続するでしょうか。厚労省の考え通りに、感染に脆弱(ぜいじゃく)な高齢者へのワクチン接種を優先し10月に完了したとして、もしもインフルエンザの流行が4月に起こったとしたらどうでしょう。

 ワクチンの有効期間について厚労省のサイトはQ26で「インフルエンザは例年12月~4月ごろに流行し、例年1月末~3月上旬に流行のピークを迎えますので、12月中旬までにワクチン接種を終えることが望ましい」と書いています。この文章を素直に読めば「1月末から始まる可能性のある流行に対して12月中旬までに接種すればよい」となります。しかし、10月に接種して4月まで効果が維持されるのかどうかについては記載がありません。

満開となった桜=福岡市中央区の舞鶴公園で2020年4月4日午前10時22分、須賀川理撮影
満開となった桜=福岡市中央区の舞鶴公園で2020年4月4日午前10時22分、須賀川理撮影

 ワクチンの添付文書では期間について触れられています。「(ワクチンの効果は)接種後3カ月で有効予防水準が78.8%であるが、5カ月では50.8%と減少する」と書かれています。50.8%をどのように解釈するかにもよりますが、この数字に疑問を感じる人は少なくないでしょう。

 例えばあなたが高齢者だったとして、厚労省の勧めるように10月中にワクチン接種をしたとしましょう。5カ月が経過した3月で、すでに効果はほぼ2回に1回しか感染を防げない程度になっているわけです。そんな中、4月に流行が生じたとすれば不安にならないでしょうか。

「2回接種」も一案だが

 ではどうすればいいのでしょう。一つの答えは「2回接種」です。効果が落ちてから2回目を打つのではなく、他の不活化ワクチンと同じように1回目接種の1~2カ月後に2回目の接種をするのです。

 厚労省のサイトには「1回接種で、2回接種と同等の抗体価の上昇(インフルエンザウイルスを退ける抗体が体内で増えること)が得られるとの報告があります」と書かれています。つまり、わざわざ2回打たなくても1回で十分ですよ、と言っているわけです。

 ですが、考えなければならないのは(一時的な)抗体価の「上昇」ではなく、抗体価が維持される「期間」です。厚労省のサイトが「期間」について触れていないことに私は違和感を覚えます。厚労省は「医学的な理由により、医師が2回接種を必要と判断した場合は、その限りではありません」という注釈を付けています。つまり、2回接種すべきか否かは医師に決めてもらいなさいと言っているわけです。そして、2回接種を検討する際には大きな問題があります。供給量です。

 今年度の供給量について、厚労省は事務連絡に添付した文書で「ワクチンは供給不足なのでしょうか」という問いかけに対し「平成27年度以降で最大の供給量となる約3178万本(成人で1回接種の場合、約6356万人分)を確保できる見込みで、これは統計のある平成8年以降、最大だった昨年度(19年度)の使用量(約2825万本)と比較して、約12%多い量になります」と書いています。

 しかし、上述したように実際に接種しているのは国民の半数以下です。これらから何が言えるでしょうか。うがった見方かもしれませんが、私には「ワクチンはギリギリの量しかないにもかかわらず、国はそれを国民に伝えておらず、差し迫ったリスクに対して近視眼的な対策しか講じていない」ように思えます。

 もしも早い段階で、例えば年内にインフルエンザが流行すれば「10月に高齢者を優先させた厚労省の政策は正しかった」となるでしょう。では、インフルエンザの流行が4月に生じた場合はどうなるでしょう。現時点ではワクチンの有効期間についてきちんとした説明がなく、2回接種の是非については医師の責任ということにされているのです。

みんなで2回打つには供給量不足

 ここで私が以前から感じているインフルエンザワクチンに対する「不満」を述べたいと思います。それは「十分な供給量がない」ことです。上述したように厚労省は「過去最大の供給量」と言っています。私にしてみれば「現場を知っているのか!」と悪態をつきたくなります。実際、毎年のように入荷量は足らず、当院では早い年だと11月中旬に、仕入れたワクチンがすべてなくなります。

 私は以前から、インフルエンザのハイリスクとなる人(例えば、ぜんそくなどの呼吸器疾患、狭心症などの心疾患、腎臓の病気、悪性腫瘍、膠原<こうげん>病などがある人)はもちろん、そういった疾患がなくても、肥満がある人、風邪をひきやすい人、ワクチンを打ったのにインフルエンザにかかった経験のある人たちにはワクチンの2回接種を勧めたいと思っているのですが、このような品不足の状況ではとてもできないのです。

 厚労省のサイトでは、13歳以上で2回接種ができるのは「基礎疾患(慢性疾患)のある方で、著しく免疫が抑制されている状態にあると考えられる方等」とされています。「著しく免疫が抑制されている状態」というこの表現、かなりハードルが高く感じられます。ワクチンの有効期間と供給量について、きちんと議論をし直す必要があります。

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。