令和の幸福論

薬物依存症をめぐる社会の病理

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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警視庁湾岸署に入る伊勢谷友介容疑者を乗せたとみられる車両=東京都江東区で2020年9月8日、玉城達郎撮影
警視庁湾岸署に入る伊勢谷友介容疑者を乗せたとみられる車両=東京都江東区で2020年9月8日、玉城達郎撮影

 政治家や芸能人の不倫や不祥事が大きな話題になるのはどこの国でも同じだ。昔から、有名人のゴシップは庶民にとってはストレス発散、ひまつぶしにはこれ以上ない娯楽、マスコミにとってはネタの王様だった。

 しかし、インターネットで誹謗(ひぼう)中傷を集中豪雨のように浴びせ、若いタレントを自殺に追い込むことまで誰が想像しただろうか。違法薬物に手を出して検挙された有名人を見せしめのようにつるし上げるのもどうか。大人のいじめを見ているようで、胸が悪くなる。「ダメ人間」の烙印(らくいん)を押し、嘆きや嘲笑を浴びせることで、依存症を隠さなければならないもののように思わせ、ますます治療から遠ざける状況を招いているのではないか。

 ゴシップとは「個人的な事情についての、興味本位のうわさ話」のことだ。取るに足らないうわさ話程度のものに対して、本気のバッシングを執拗(しつよう)に続ける社会の方にこそ問題を感じる。

バッシングされる芸能人

 東京芸大を出た俳優として知られる伊勢谷友介さんが大麻取締法違反(所持)の疑いで逮捕されたのは9月8日のことだ。週刊誌やスポーツ紙、テレビのワイドショーでは伊勢谷さんがかつてから大麻の常習者だったとのうわさが取り上げられた。浮名を流した相手の女性タレントを紹介し、エアガンを交際女性に撃ち続け顔面を殴打する「DV疑惑」について言及した記事もある。

 酒気帯び運転の容疑で逮捕された元タレントでTOKIOのメンバーだった山口達也さんについてもそうだ。2年前、女子高生への強制わいせつ容疑で書類送検され、ジャニーズ事務所を「クビ」になったこと。失意のドン底で、まともに起き上がることもできなかったこと。急に手が震えだして、バイクの運転ができなくなり、周囲から注意されたこと。仕事がなく酒だけが唯一の楽しみで、焼酎2~3杯を飲んで寝る孤独な生活。過去の不祥事や「関係者の証言」、うわさ話がこれでもかと繰り返される。

 「落ちた偶像」への非難は、脚光を浴びて輝いていた「偶像」ほど執拗だ。俳優の沢尻エリカさん、ピエール瀧さん、プロ野球選手だった清原和博さん。みんなそうだ。実像との落差にひかれるのか、堕落していく偶像の物語に蜜の味をかぎとるマスコミと視聴者・読者がそこにいる。

 ひとたび落ちると、「回復者」としての物語にはそれなりに関心を示すものの、「どうせまたやるのではないか」というひそかな期待を視聴者や読者が無意識のうちに抱いてしまうのも薬物依存ならではの現象かもしれない。そして、再び薬物に手を出して検挙されると、さらにまた容赦ない批判が浴びせられる。

 元タレントの田代まさしさんは覚醒剤をめぐって5度逮捕され、計7年間刑務所に服役している。出所後は、薬物依存症の治療に取り組んでいる団体に所属し、依存症に関する啓発の講演も行っていた。しかし、再び逮捕されると、テレビやネットではステージやカラオケで覚醒剤中毒をちゃかした替え歌をうたっているシーンが流され、「逮捕前に様子がおかしかった」などという関係者の証言が紹介された。

 「周囲の期待を裏切ってまた薬に手を出した」「懲りない」「意志が弱い」。道徳的な非難を口にする芸能関係者やテレビのコメンテーターも多い。

 退屈な日常のストレス発散、成功した者への屈折した羨望(せんぼう)と嫉妬、不道徳者を叱責することで得られるカタルシス。そうした大衆の負の感情を敏感にかぎ取ってあおり、視聴率や販読部数を稼ぐマスコミ。大衆の方も匿名という安全圏に自分を置けば、安心して罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせることができる。腐臭を放ちながら自分より弱い者を見つけて内向する社会の病理がそこにある。

依存症とは何か

 薬物の取締法違反や道路交通法違反(酒気帯び運転)という罪名ばかりが前面に出て、その陰に隠れてしまうのが薬物やアルコールに対する依存症という疾患である。

 薬物やアルコール依存症は、世界保健機関(WHO)の定めた「ICD-10」(国際疾病分類)、米精神医学会による「DSM-5」(精神障害の診断・統計マニュアル)でも認定されている精神疾患である。

 依存症とは、不安や緊張を和らげたり、嫌なことを忘れたりするために、アルコールや薬などの摂取を繰り返しているうちに脳の回路が変化して、自分の意思ではやめられない状態になってしまう疾患だ。

 飲酒をする人が誰でも依存症になるわけではない。依存症が「道徳心の欠如」などという次元で片づけることのできない深刻な疾病であることを理解する必要がある。

 薬物などを摂取すると、脳内ではドーパミンという快楽物質が分泌され、中枢神経が興奮して快感につながる。この感覚を、脳が「報酬」と認識すると、その「報酬」を求める回路が脳内にできあがる。ギャンブルやゲームなどで味わうスリルや興奮といった行動でも同じように脳内で「報酬」を求める回路ができあがる。

 こうした行動が習慣化されると、快楽物質の強制的な分泌が繰り返される。そして「快」を感じる中枢神経の機能が低下し、ますます強い快感を得ようとアルコールや薬物の摂取が増えていく。そういう悪循環に陥っていくのである。

 いったんこのような状態になると、自分の意思で行動を制御することができなくなる。周囲から批判されても、本人が反省や後悔を口にしても、また繰り返してしまうのは道徳心や根性がないからではない。脳の中で起きている問題からなのである。

 適切な治療につなげることが大事であって、社会的にバッシングをしたりすることでは解決(回復)にはつながらない。むしろ、依存症になった人がバッシングを恐れてますますそれを隠そうとするため、医療機関や支援団体から遠ざかる結果にもなっている。

 刑務所の中で反省して罪をつぐなったからといって、それが病気からの回復や再犯防止につながるわけではない。現実には、社会復帰をしても、有名人の場合は特に「前科持ち」と見られる風潮が強く、社会復帰の困難さやストレスから再使用につながってしまうところもあるのだ。

刑罰を求める理由

 日本では覚醒剤や大麻を使用することは法律で禁止されており、警察や厚生労働省の麻薬取締官が違反者の摘発に当たっている。しかし、覚醒剤はともかく、大麻に関しては世界的には合法化の流れが強まっている。

 大麻は使途別に医療用、娯楽用、産業用がある。このうち医療用大麻を合法化する国は最近増えている。末期がんやうつ病、エイズなど多くの病気の症状緩和に効果的であることがわかり、イギリス、ドイツ、オーストラリアなどで合法化されている。2018年には韓国でも合法とされた。カナダでは娯楽用の大麻も合法化している。

 伊勢谷さんが大麻取締法違反容疑で逮捕された際、過剰に批判するマスコミの論調に研究者らが異論を唱えた背景にはこうした世界的な潮流がある。

 なぜ、国際的な流れに反して、日本では医学的にはともかく、警察などの捜査当局やマスコミは違反者に対して厳しい目で見るのだろうか。

 違法薬物の使用で依存症になると、本人の健康や生命に危機が生じるだけではなく、家族や周囲の人々を巻き込んで社会生活を破綻させてしまうことが挙げられるだろう。薬の購入代が必要なため、窃盗や強盗などの2次的な犯罪に手を染めたり、幻覚症状から他人に危害を加えたりする事件も起きている。

 覚醒剤などが暴力団をはじめとする反社会的組織の資金源にもなっており、警察などは覚醒剤の取り締まりを重要課題として強化してきた。厚労省もメディアを使ってキャンペーンを行ってきた。「ダメ、ゼッタ…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。