医療プレミア特集

矯正医官って? 網走の「ムショ医」に聞く

医療プレミア編集部
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刑務所内の会議室でインタビューに応じる大松広伸医師。診察室での取材は刑務所に認められなかった=北海道網走市で2020年9月14日、清水健二撮影
刑務所内の会議室でインタビューに応じる大松広伸医師。診察室での取材は刑務所に認められなかった=北海道網走市で2020年9月14日、清水健二撮影

 国立がん研究センターで20年以上、肺がん検診のエキスパートとして活躍してきた呼吸器内科医の大松広伸さん(57)は、50歳を過ぎて転身を決意し、郷里である北海道網走市で刑務所の「ムショ医」となった。世間にはよく知られていない矯正医官という仕事と、日本最北の矯正施設に着任して4年半で見えてきた日本の医療の課題を聞きに、網走刑務所を訪ねた。【北海道報道部・清水健二】

 映画「網走番外地」の影響か、網走刑務所と聞くと地の果てにあるイメージがあるが、実際はJR網走駅から歩いて30分程度で行ける。この季節はサケも上ってくるという網走川沿いに建つ今の施設は1984年以降の建造。かつての獄舎などは、一部移築されて「博物館網走監獄」として観光スポットになっている。

 大松さんにインタビューしたのは9月中旬。刑務所側との事前のやりとりは基本的にメールを使わず電話のみ。当日は刑務所内の会議室で職員も同席して話を聞き、診察室を含む施設内の見学や撮影は認められなかった。

 最初は矯正医官に転身した経緯を聞いた。

 大松さんは88年に旭川医大を卒業し、同大病院勤務などを経て、90年に国立がんセンター(現・国立がん研究センター)にレジデント(研修医)として入った。抗がん剤治療を研究しようと思っていたが、当時、東芝がコンピューター断層撮影(CT)の新技術を開発し、これを使った肺がん検診のプロジェクトに参画することになった。後に同センターのがん予防・検診研究センター長になる森山紀之医師(現・医療法人社団進興会理事長)の指導のもと、93年にはがん検診を進める団体「東京から肺がんをなくす会」で世界初のCT検診を実施。以降も研究と臨床の両方を続けた。

 だが、亡くなりそうな患者を常に抱え、緩和ケアも含めた治療に当たる毎日は楽ではない。加えて、管理職として病院経営改善の仕事にも忙殺された。父が亡くなり、母も高齢に。古里の網走に戻ろうか。しかし、肺がんのスペシャリストとして働くには街の規模が小さ過ぎる――。そんなことを考えていた時、ある新聞記事が目に留まった。網走刑務所で受刑者の病死が相次ぎ、常勤医がいないことが背景にあると指摘した内容だった。

「新しいことをやろう」

 刑務所は地元のシンボル的存在だ。関東で暮らしても、刑務所のお陰で出身地をすぐに覚えてもらえる。それまで刑務所勤めなど頭の片隅にもなく、医師不足の現状も知らなかったが「ここでなら貢献できるかもしれない。専門性に固執せず、新しいことをやろう」。そう決断すると、緩和ケアの認定看護師だった妻も賛同してくれた。

 「がんセンターには次から次へと優秀な人材が来る。自分が身を引いて、次世代に任せても大丈夫」。2016年2月の日本CT検診学会の学術集会で大会長を務めたのを区切りに、同年4月、転身した。タイミングよく、矯正医官の確保を図る特例法が前年に成立し、国家公務員でありながら兼業もしやすくなるな…

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毎日新聞医療プレミア編集部は、国内外の医師、研究者、ジャーナリストとのネットワークを生かし、日々の生活に役立ち、知的好奇心を刺激する医療・健康情報をお届けします。