
本連載で繰り返し取り上げてきたHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン。今回は新たな話題を二つ紹介します。
一つめの話題は「4価のHPVワクチンに子宮頸(けい)がんの予防効果があることがわかった」です。これを意外に思う人も多いのではないでしょうか。「えっ、今まで分かってなかったの? 子宮頸がんのワクチンなんだから子宮頸がんに予防効果があるのは当然だと思っていた」と感じるのは当然だと思います。
実は、4価ワクチンに「子宮頸がんの」予防効果があることが実証されたのは初めてなのです。医学誌「The New England Journal of Medicine」2020年10月1日号に「HPVワクチン接種と浸潤性子宮頸がんのリスク(HPV Vaccination and the Risk of Invasive Cervical Cancer)」というタイトルの論文が掲載されました。
スウェーデンの研究で「子宮頸がんが減った」
この研究はスウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者たちが行いました。同国の住民登録データなどを解析し、結果は「4価HPVワクチンを接種した女性は、接種歴のない女性と比べて子宮頸がん発症リスクが63%低く、特に17歳未満で接種した女性では88%のリスク低下が認められた」というものでした。なお「4価」というのは数多く種類のあるHPVのなかで四つのタイプをターゲットにしているという意味で、4価ワクチンの製品名は「ガーダシル」です。
では、これまで子宮頸がんに有効かどうかの実証がされていなかったワクチンがなぜ世界中で承認されていたのでしょうか。それは、ワクチンによりHPVの感染を防ぐことができれば、HPVが原因である子宮頸がんも防げると、理論的に考えられてきたからです。
また、子宮頸部の組織は、がんになる前に「高度異形成」という状態になります。HPVワクチンにより、この高度異形成、つまりがんになる手前の状態が起こりにくくなるという研究は、すでに複数あったのです。ですから、ワクチンによりHPV感染が予防できて高度異形成が起こらなくなるなら当然、子宮頸がんも減ると考えられていたというわけです。
しかし、ワクチン反対派(慎重派)の一部の人たち(医師も含めて)は「HPVワクチンが子宮頸がんを予防するというエビデンス(医学的な証拠)は(まだ)ないではないか」という主張をしていました。今回のスウェーデンの研究は規模が大きく、「前向き研究」と呼ばれる正確さの高い方法で実施されており、エビデンスレベルの高いものですから、ワクチンに子宮頸がんの予防効果があることはもはや明らかといっていいでしょう。
ただし反対派が反対している最も大きな理由は、有効性ではなく「安全性」です。これについては後ほど触れるとして、HPVワクチンのもう一つの話題を紹介しましょう。
承認された「9価」のワクチン
20年7月、通称「ガーダシル9」、商品名「シルガード9」と呼ばれる9価のHPVワクチンが日本でも承認されました。承認されても発売はまだなのですが、メディアの報道を見聞きして「新しいHPVワクチンを打てますか」という問い合わせがすでに太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも寄せられています。
ここで4価と9価の違いを確認しておきましょう。従来の4価のガーダシルは、HPVの6、11、16、18に効果がありました(6や11などは、ウイルスのタイプを表す番号です)。このうち16と18は子宮頸がんの原因となるタイプ(ハイリスク型)、6と11は尖圭(せんけい)コンジローマ(性器にできるイボ)の原因となるタイプ(ローリスク型)です。9価ワクチンは、この4種に加え、31、33、45、52、58にも有効です。これら5種はハイリスク型に分類されます。
医師や政治家の意見は分かれる
厚生労働省は、HPVワクチンを定期接種(公費で接種できるワクチン)に入れています。にもかかわらず、その厚労省が「積極的な接種勧奨の一時差し控え」を表明しています。本連載で繰り返し述べているように、定期接種に分類されているのに、勧奨を差し控えなければならない、という表現は意味が分かりません。

そして、はっきりしないのは厚労省だけではありません。医師の間でも意見が分かれているのです。過去にも触れた医師へのアンケート調査をもう一度紹介しておきましょう。医師向けの雑誌「日経メディカル」が19年2月に医師3420人に「HPVワクチンを積極的に勧奨すべきだと思いますか」と質問した結果、「勧奨すべきだ」が2002人(58%)、「する必要がない」が575人(17%)、「この質問には答えない」が843人(25%)でした(なお、賛否の割合は、全回答者数を分母にして計算しました。日経メディカル誌は分母から「答えない」を除いて計算し「勧奨すべきだ」の割合を78%としています)。
政治家に対するアンケート調査もあります。19年7月に予防医療普及協会が同年の参議院選挙の候補者299人(うち回答者は93人)に対し、同様の質問をしたところhttps://yobolife.jp/column/758「再開すべきだ」が20人(21%)、「再開すべきではない」が51人(55%)、「どちらともいえない」が22人(24%)でした。
医師の間でも政治家の間でもこれだけ意見が分かれるわけですから、一般の人が打つべきか見合わせるべきかと悩むのも無理もありません。大勢の人が「しばらく様子をみよう」と考えているのではないでしょうか。しかし「しばらく」には“期限”があります。
冒頭で紹介した論文では、接種時期とリスク低下の関係が調べられています。接種開始が17歳未満のグループではリスクが88%低下したのに対し、開始年齢が17~30歳のグループでは53%の低下で、効果が減弱しています。これは、正確に言えば実年齢によってリスク低下の度合いが変わるのではなく、「ワクチン開始前の性交経験が少なければ少ないほど有効」であることを示しています。何歳で接種しても効果は期待できますが、接種開始は早いほどよく、性交開始前に接種しておくのが理想ということになります。
重い副作用の頻度は
では安全性はどうなのでしょうか。過去の連載「HPVワクチン『推奨派敗訴』と接種の是非は別問題」でも取り上げた、接種の延べ回数と副作用が疑われる人数を、再度確認してみましょう。
今年7月に厚労省の会議に提出された資料(資料9と資料10)によると、国内でHPVワクチンが接種された延べ回数は905万回あまり。医師や企業から「副作用疑い」(接種との因果関係を否定できない事例)の報告があったのは3222人(約0.036%)で、このうち1865人(約0.021%)が「重篤」でした。
すべてのワクチンに言えることですが危険性はゼロではありません。ワクチンを接種する理由は「有益性が大幅にリスクを上回るから」です。
人によって異なる「リスクに対する考え方」
私はこの連載で「ワクチンは理解してから接種する」べきだと言い続けています。これは逆からみると「理解した上で接種しない」という選択肢も検討すべきだ、ということです。特にHPVの場合は、人によってリスクに対する考え方が異なります。極端な例を挙げれば、シスターや尼さんになる(つまり生涯性行為を持たない)ことを決意した女性にワクチンは不要なのです(性暴力の被害によるリスクは残るかもしれませんが)。
日本でHPVワクチンが初めて発売されたのは09年12月です(このときの製品は2価ワクチンでした)。その後11年にガーダシルが発売となりました。発売された直後から大勢の患者さん(及び保護者)から質問を受けましたが、私は「ぜひ打ってください」と積極的に勧めたことは一度もありません。
例えば「大学生になるまではパートナーができてもプラトニックラブを通す」と考えている13歳の女子生徒が早い段階で接種する必要はないわけです(法律上16歳になる年度=※注=までに打たねば無料にならないという問題はありますが)。ちなみに、私は風疹やインフルエンザのワクチンのように、自分よりも他人への感染を防ぐために打つワクチン(私はこれを「利他的ワクチン」と呼んでいます)はある程度積極的に勧めています(参考:「インフルのワクチンは『弱者を守るため』に打つ」)。

谷口医院ではHPVワクチン希望者の約半数が男性です。日本では男性への接種は承認されていないにもかかわらず、です。希望者のほとんどは「尖圭コンジローマを防ぎたい」がその理由です。尖圭コンジローマは過去のコラム「あなたにも起こるかも……尖圭コンジローマがもたらす苦悩」などで紹介したように、治療に時間がかかり、再発が多く、ときには精神的に病んでいくこともある、なんとしても避けたい疾患です。また、過去のコラム「中咽頭(いんとう)がん急増の恐れ 予防にはHPVワクチン」を公開してからは「中咽頭がんを防ぎたい」という理由で希望する人も増えました。日本ではあまり指摘されませんが、いまや米国ではHPVがもたらすがんの第1位は子宮頸がんではなく中咽頭がんなのです。
HPVワクチンに関する混乱はこれからも続くでしょう。谷口医院の患者さんに対して、私は最近よく「ワクチンの前にこれからご自身がどのような恋愛をされるかを考えてみてはどうでしょう」と話しています。
※注 法律上で一つ年を取るのは「誕生日の前日」です。ですから、4月1日生まれの人は3月31日に年を取ります。このため、今年度の定期接種の対象者は「04年4月2日~09年4月1日生まれの女子」となっています。
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太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。