実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ トランプ氏が使った薬とは?

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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マスクを着用し、入院先の病院に到着したトランプ米大統領=首都ワシントン郊外で2020年10月2日午後6時31分、鈴木一生撮影
マスクを着用し、入院先の病院に到着したトランプ米大統領=首都ワシントン郊外で2020年10月2日午後6時31分、鈴木一生撮影

 米国のトランプ大統領が新型コロナウイルス感染公表からわずか6日目に執務に復帰したことで、さまざまな意見が飛び交いました。「復帰は早すぎるのでは?」という声が多いようですが、一部には「そんなに短期間で復帰できるのはおかしい。本当は感染していなかったのでは?」といった陰謀論のような臆測もあるようです。そんななか、大統領に投与された新薬に注目が集まり、大統領自身も、公表したビデオメッセージのなかで「自分が受けた治療をすべてのアメリカ人が享受できるようにすべきだ」とコメントしています。今回は大統領に投与されたその新しい薬も含めて、現時点で新型コロナウイルスに有効とされている薬をまとめてみたいと思います。

 新型コロナの薬についてのコラムはこれで4回目となります。初めて紹介したのは4月12日の「新型コロナ 『効く薬』の候補は?」、次が5月18日の「新型コロナ 抗ウイルス薬『使うなら早期』?」、3回目が8月3日の「新型コロナ 効く薬が出る見通しは」です。まずはこれまでの経過をまとめておきましょう。

 3回目のコラムを公開した8月3日の時点で有望な薬として取り上げたのは、抗ウイルス薬の「レムデシビル(商品名ベクルリー)」、サイトカイン阻害薬の「トシリズマブ(商品名アクテムラ)」、そして漢方薬の「清肺排毒湯」(及び類似品)です。これら以外に期待されていた薬として、新型インフルエンザの薬「アビガン」、寄生虫の薬「イベルメクチン」、ぜんそく薬「シクレソニド」、膵炎(すいえん)の薬「ナファモスタット」や「カモスタット」なども紹介しました。

WHOの見解は「4薬とも死亡率を下げず」

 トランプ大統領に投与された薬の話の前に、世界保健機関(WHO)の見解を確認しておきましょう。WHOは新型コロナウイルスに有効とされていた四つの薬について大規模調査を行い、その調査の中間解析結果が、査読前の医学論文を集めたサイト「medRxiv」に10月15日、「使い道を新型コロナウイルス用に変えた抗ウイルス薬~『WHO SOLIDARITY』の中間結果(Repurposed antiviral drugs for COVID-19-interim WHO SOLIDARITY trial results)」というタイトルで報告されました。

 WHO主体のこの研究では、合計30カ国の405の病院に入院する1万1266人が対象となりました。調査対象とされた薬はレムデシビル、ヒドロキシクロロキン(抗マラリア薬)、ロピナビル(抗HIV薬)、インターフェロン(C型肝炎などに用いる抗ウイルス薬)です。結論から言えば、これら4種の薬剤のうち、患者の死亡率を下げる効果が認められたものはひとつもありませんでした。これが最新のWHOの見解です。

 日本では、厚生労働省が5月7日にレムデシビルを承認しています。承認の根拠は「使った患者は、回復までの期間が、使わない患者に比べて4日短くなった」というデータで、死亡率の低下は確認できていません。現在、新型コロナウイルスに対して日本で承認されているのはレムデシビルだけです。米国では最近まで承認していた薬はなかったのですが、ついに10月22日、米食品医薬品局(FDA)がレムデシビルを治療薬として承認しました。FDAは言及していませんが、トランプ大統領がレムデシビルを使って早く復帰したことが影響を与えているのかもしれません。

大統領が使った3薬

 大統領が使用した薬は三つあります。レムデシビル、デキサメタゾン、そして未承認薬の「REGN-COV2」です。

 デキサメタゾンというのは昔からあるステロイド製剤で重症の肺炎に用いられることはよくあります。私がタイのエイズ施設でボランティア医師として働いていた頃、「カリニ肺炎」など重篤な肺炎を患った末期のエイズ患者によく使用していました。ステロイドは炎症をとってくれますから「症状を緩和する」という意味においては優れた薬剤です。ただし長期投与はできず、原疾患の治療と併用しなければ感染症自体は悪化する可能性があります。

 先日、「デキサメタゾンは新型コロナに(対する治療薬として)承認されたのですか?」とある患者さんから聞かれました。「デキサメタゾンは新型コロナにではなく、重症の肺炎全般に昔から投与されることがある薬です」というのがその答えになります。元々、1月に中国・武漢で新型コロナウイルスが流行した頃からステロイドの使用は議論になっていたのですが、当時の報告では有効性が確認されず、最初の頃は日本でも使われていませんでした。しかし、その後世界各地で使用される機会が増え、やはり有効であることが分かってきました。

重症患者には推奨されるステロイド薬

 WHOは、先述した4種の薬の有効性は認めていませんが、デキサメタゾンについては9月2日の時点で重症・重篤な患者への使用を推奨しています。WHOによれば内服なら1日6mgが適正量です。費用は非常に安く、後発品を使えば1日50円程度です。

 ただし、念のために付記しておくと、ステロイドの使用は決して簡単ではありません。ネット通販などで簡単に入手できるようですが、自身の判断で内服すると取り返しのつかないことになりかねません。WHOは「重症でない患者には、使用しないことを推奨する」「使っても利益を得られそうになく、一方で害が出る可能性がある」としています。

 
 

開発中の抗体医薬

 大統領に使われた三つ目の薬「REGN-COV2」は、米国Regeneron社が開発中の薬です。2種類の「モノクローナル抗体」からできています。モノクローナル抗体とは、特定のたんぱく質と結合する抗体のことで、最近はがん治療の領域でよく使われます。がん細胞の表面のたんぱく質に結合する抗体を投与すればがん細胞がやっつけられるという理屈です。新型コロナに有効なことがあるアクテムラもモノクローナル抗体です。アクテムラはIL-6と呼ばれるサイトカインに対する抗体で、投与すれば体内のIL-6が減少します。

 「REGN-COV2」は新型コロナウイルスを直接攻撃することのできる強力な中和活性があると言われています。現段階では有効性も安全性も十分に担保されているとまでは言えませんが、大統領には主治医の判断で使用されました。

 「REGN-COV2」については、有効性と安全性を調べるため、Regeneron社が臨床試験を行っている途中です。そして同社のサイトによると、重症患者に対する臨床試験は現在中止されています。有効性がリスクを上回らないと判断されたからです。しかし、重症化していない患者に対しては中止されていません。おそらく薬剤の特性、つまりウイルスを直接やっつけるという特性から考えて、重症化する前に使用すべきだということでしょう。

理にかなった組み合わせではあるが

 トランプ大統領に投与されたこれら3種の薬は理にかなった組み合わせと考えられます。レムデシビルでウイルスの増殖を抑え、「REGN-COV2」で抗原抗体反応を起こしてウイルスを退治し、デキサメタゾンで全身の臓器の炎症を防ぐことが期待できるからです。実際の医療の現場では、必ずしも理論通りに進まないことも多いのですが、それでも理論的な裏付けは重要です。

 では、大統領と同じこれら3種の薬剤による治療がこれから普及していくのでしょうか。冒頭で取り上げたように、大統領は「すべての米国人が自分と同じ治療を受けられるようにすべきだ」と述べ、さらに「REGN-COV2」を無料にすべきだと話しています。ですが、抗体薬というのは驚くほど高価です。1本の注射が数万円もします。レムデシビルも高価で、仮に5日間に6本使用したとするとおよそ25万円になります。

 問題は費用だけではありません。大統領はビデオメッセージのなかで「すべてのアメリカ人」と表現しましたが、レムデシビルのような点滴薬を連日使うには、入院が必要です。米国では最近、1日あたり9万人を超える感染者が報告される日もあります。当然のことながら、毎日9万人以上の感染者を全員入院させることはできません。しかし、入院しなければ薬は投与できません。結局のところ、大半の人たちが(政府要人のようなVIPでない限り)、容体が悪化して初めて入院可能となるわけです。

 
 

 この連載で繰り返し述べているように、重症化、すなわち「second-week crash(2週目の破綻)」が起こるのは体内からウイルスが消える頃です。したがって、レムデシビルのようにウイルスを抑制する薬は、重症化してから投与してもあまり意味がありません。「REGN-COV2」も抗原抗体反応でウイルスを抑えるわけですから、たとえ有効性・安全性が確立したとしても早い段階で投与しなければ効果が期待できません。

 結局のところ、早期に使える薬が内服や吸入のかたちになり、さらにある程度安くならない限りは「薬があるから安心」とは言えないのです。治療よりも予防が大切なことに変わりはありません。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。