令和の幸福論

未来がすりつぶされる~子どもの自死と社会

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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自殺した女子高校生が友人に宛てた手紙。「友達がいなくいつも一人ぼっち」と孤独感を募らせていた=群馬県内で、鈴木敦子撮影(画像の一部を加工しています)
自殺した女子高校生が友人に宛てた手紙。「友達がいなくいつも一人ぼっち」と孤独感を募らせていた=群馬県内で、鈴木敦子撮影(画像の一部を加工しています)

 子どもの死ほど悲痛なものはない。

 むごい事件でわが子を奪われた母、薬害で骨と皮だけになって息絶えた子を看取った父、親からの暴力で命を落とした子。たくさんの子どもの死を、私生活や取材の現場で見てきた。

 いじめを苦に自殺した中学生の遺書を読んだときは、心の底が抜けていくような気がしたものだ。

 2018年度に小中学生と高校生の自殺は332人に上った。前年度より82人も多く、現在の方法で統計を取り始めた1988年度以降、最多を更新した。

 この国のどこかで、毎日のように子どもが自殺している。こんなに子どもの自殺率が高い国は日本以外にはない。何を置いても優先して取り組むべき社会課題だと思うが、それほど注目されているわけではない。

 あまり知られていないのだろうか。それとも、子どもの死に私たちは驚かなくなってしまったのだろうか。

子どもの自殺が増えている

 自殺に関して政府が公表する統計はいくつか種類がある。上記の18年度の小中高校生の自殺が332人というのは文部科学省が昨年10月に発表したものだ。文科省は全国の小中学校や高校から報告を受けた子どもたちの自殺の件数を毎年度、公表している。

 これとは別に、今年10月に公表されたのが2020年版の「自殺対策白書」である。自殺対策基本法に基づいて毎年まとめられており、警察庁の「自殺統計」と厚生労働省の「人口動態統計」が基になっている。人口動態統計は日本人だけを対象にしたものだが、「自殺統計」は日本に住む外国人も含めている。

 20年版白書によると、19年の自殺者は2万169人で、前年から671人も減り、78年の統計開始以来最も少なかった。自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は16.0で最少を更新した。

 戦後の混乱期からしばらくは自殺者が多かったが、高度成長を経て社会が安定した70年代後半以降は年間2万人台で推移するようになる。増加に転じたのは90年代後半からで、04年には3万4427人とピークに達した。その後も3万人台で推移したが、10年以降は再び減少をたどっている。

 20年自殺対策白書について、マスメディアはどのように報道したのかというと、「中高年の自殺、10年で45%減 対策白書『背景に景気回復』」(朝日新聞デジタル)など、中高年の自殺にスポットを当てた記事が多かった。

 今回の白書が19年までの11年間に自殺をした65歳以上の高齢者について初めて動機を分析したものであり、政府側の記者発表でもその点を詳細に説明したからだろう。

 65歳以上の自殺者で動機のわかる人(約6万4600人)を分析したところ、「身体の病気」が全体の46%を占めて最も多かったという。「うつ病」「家族の死亡」「介護・看病疲れ」などが続く。自殺対策を有効なものにするためには、動機について分析する必要がある。その意味でこの調査結果は貴重だと思う。中高年の自殺者が劇的に減少しているのは、政府や自治体の対策が奏功したためでもあり、そうしたことを国民に知らせるのは意味があることだとも思う。

先進国で突出している若年層の自殺

 しかし、これまでの経緯はともかく、今この段階で最も注目しなければいけないのは、中高年ではなく、子どもの自殺ではないのか。

 白書によれば、ほぼすべての年代で自殺者の数は減少しているが、20歳未満の自殺では98年以降ほぼ横ばいで推移しており、最近は上昇傾向にある。15~39歳の死因の第1位は自殺だ。男性では10~44歳、女性では15~34歳で、死因第1位が自殺となっている。このような状況は先進国では日本にしか見られない。日本の若年層の自殺率は突出して高いのである。

 日本の自殺が先進諸国で高水準にあることが社会的に問題になってから、政府や自治体は自殺対策に取り組んできた。特に自殺者が多いのは中高年で、90年代後半に山一証券や北海道拓殖銀行など金融機関の破綻が相次いだころに急増した。原因の多くは「経済・生活苦」だった。

 これに対して、中高年のメンタルヘルス対策、貸金業法改正で金利や貸金の規制が行われるようになり、それが自殺率の改善に効果があったとされる。高齢者については00年に介護保険が施行されたことが自殺の減少に影響しているとの説もある。

 06年には自殺対策基本法が成立し、自殺予防に取り組む民間団体の活動も活発化してきた。こうした官民挙げての対策が近年の減少傾向に寄与しているのは間違いないだろう。

 90年代以降は国連や世界保健機関(WHO)でも自殺問題が積極的に取り上げられるようになり、日本政府も対策への取り組みが迫られてきたことも指摘できるだろう。

 政府にとって日本の自殺対策の成果を国内外へアピールすることが重要だというのはわかる。20年自殺対策白書が中高年の分析に重点を置いたのは、そうした背景があってのことなのだろう。

 しかし、マスメディアの重要な機能は「課題設定」、つまり今社会で取り組むべき課題は何かを国民に提示することである。

 政府が取り組んできた対策によって中高年の自殺が劇的に減ってきたことを国民に知らせることは必要かもしれないが、それでもなお小中学生や高校生など、子ども、若者の自殺が高止まりしており、最近はむしろ増加に転じている。そうした事実こそ、声を大にして訴えるべきではないのだろうか。

なぜ子どもは死を選ぶのか

 文科省が公表した18年度のまとめによると、自殺した児童生徒は男子が193人、女子が139人の計332人で、前年度に比べ82人の増加(1.3倍)となった。内訳は、小学生が5人、中学生が100人、高校生が227人。自殺の要因をみると、「家庭の問題」が41人、「親などの叱責」が30人、「進路の悩み」が28人、「いじめ」が9人などとなっている。最も多かったのは「不明」で、全体の6割近くに上った。

 中高年の自殺は景気など社会的要因の影響が大きいのと比べ、子どもの自殺は心理的な要因が大きいと一般的に言われているが、その内実はよくわからない。「家庭の問題」「進路の悩み」といった単純な類型でいいのかという気もする。古い時代の常識をそのまま引きずっているところに、現在の子どもたちの置かれている状況をつかめない教育行政の問題を感じてしまう。

 たとえ直接の引き金が「親などの叱責」だったとしても、その背景には学業の不振や進路の悩みが絡んでいることは十分考えられる。「いじめ」が学業の不振を招くことはよくあり、それが進路の問題や親の叱責につながっているのかもしれない。何か一つが要因になっているわけではなく、複合的な問題が背景にあると考えるのが自然だ。

 大人の自殺は経済や社会的な要因が関係していることが多いが、子どもは心理的な問題が大きいとも言われる。しかし、大人の自殺にしたところで、経済状況だけでは説明できないことが多い。

 「自殺率は社会の統合の度合いに比例する」(「自殺論」/E・デュルケム)そうだが、民主国家を基本に地理的な近接性による地域の集合体を「社会」としてきた時代から大きく変わった。グローバリズムが進展して情報や価値観が国境を自由に行き来するようになり、ネットという見えない空間(社会)が人々を結びつけるようにもなった。

 子どもの世界だって例外ではない。むしろ、実社会でのリアルな人間関係を知らず、ネットの架空空間の感覚に浸っている子どもは増えている。そういう時代における「社会の統合の度合い」とは何を指すのだろう。

「もう一つの世界」を生きる今の子どもたち

 「友だちとみんなで仲良く遊んでいるときの笑顔、学習発表に取り組んでいるときの真剣な顔。10年前も20年前も今も学校の風景は変わらないように見える。しかし、もう一つの世界を今の子どもたちは生きている。それが大人には見えない」

 長年、小学校で子どもたちを見てきた教師は、ネット交流サービス(SNS)などで子どもが学校とは別の社会を生きていること、それが大人には見えないことへの不安を語る。

 学校や家庭に自分の居場所を感じられる子どもはまだいい。親との関係がうまくいかず、学校でも居場所の見つからない子どもにとって、安心していられるのはSNSの匿名空間だけなのかもしれない。

 ゲームセンターやコンビニの前でたむろしていれば警察がすぐにやってくる。現実の世界にはどこにも安心できる場所がない。本音を吐き出せる相手もいない。そんな子どもたちが寂しさと不安を抱えてネット空間を漂っている。

死への願望をSNSに書き込む若者

 ツイッターなどのSNSには若者たちの悩みや自殺願望の書き込みが見られる。

 「死にたい」と打ち込むと、一緒に死ぬことや自殺の援助をすることをほのめかす書き込みが現れる。巧妙な言葉を使って風俗で働くことを誘う書き込みも多い。

 家族や先生、友だちとの関係がうまくいかず、家庭や学校になじめない若者たちがそうした言葉に吸い寄せられる。

 孤独で不安な若者たちの「心のよりどころ」になっているのがSNSだ。その匿名性によって心理的な垣根が低くなり、気軽に本音や悩みを打ち明けられるという。

 こうした若者たちの不安やSNSに群がる心情につけ込み、自宅アパートに連れ込んでは殺害を繰り返したのが、強盗・強制性交等殺人罪などで起訴され…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。