実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ スウェーデン流対策の人気と現実

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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スウェーデンの国旗と首都ストックホルムの風景(ゲッティ)
スウェーデンの国旗と首都ストックホルムの風景(ゲッティ)

 2020年11月2日、スウェーデンの公衆衛生学者で、同国の新型コロナウイルス対策を指揮するアンデシュ・テグネル氏が日本記者クラブオンライン会見を行いました。新型コロナウイルスが流行しだしてから、世界各国で公衆衛生学者(疫学者)がメディアに登場する機会が増え、一気に有名になることが増えてきています。この中で、スウェーデンのテグネル氏の人気は他国の学者に比べて群を抜いています。フェイスブック上にはテグネル氏のファンクラブがあり、氏の顔がプリントされたTシャツが販売され、なんと応援ソングまであるそうです。さらに驚くべきことに、氏の顔のタトゥーを腕に入れたファンもいるとか。ただし、テグネル氏の言動には厳しい批判もあります。今回は、氏の記者会見や、スウェーデンの新型コロナ対策に関する報道記事を参考に、同国の実態をみていきましょう。

強硬な対策をとらなかったが死者は多発

 3月以降、欧州のほとんどの国は、ロックダウンなどの強制的な外出制限を国民に強いました。これに対し、スウェーデンは欧州では(ベラルーシを除けば)強硬な対策をとらなかった唯一の国です。その政策の提唱者がテグネル氏で、国内で高い支持を得、国民の大半が同国の政策に賛成しています。

 一方、数字をみるとスウェーデンは感染者数、死亡者数とも欧州で最悪クラスです。同国の人口は約1000万人ですが、日本の厚生労働省が公表したデータによると、11月9日現在、感染者は累計14万6000人に達し、死者は6000人を超えています。

 これについてテグネル氏は日本記者クラブで「当初、死者が集中したのは高齢者のための長期療養施設だった」「同施設の状況、ケアの質には以前から批判があり、新型コロナでその弱みが明るみに出た。政府の新型コロナ対策が間違っていたとは感じていない」と話し「衛生状態の改善などを徹底した結果、今は施設での死者はほぼゼロだ」と説明しました。また、自国民にはマスクの着用を呼びかけていないと言い「国民が社会的距離を守っているので必要ない」と述べました。

日本記者クラブのオンライン会見に出席したテグネル氏=同クラブが公開している動画から
日本記者クラブのオンライン会見に出席したテグネル氏=同クラブが公開している動画から

国民が支持する一方で厳しい批判も

 こうした現状について「スウェーデン国民の多くが同国政府の政策を支持しているのだからそれでいいではないか」という意見は(日本人のなかにも)あります。ただし一方で、厳しい批判もあります。

 米国のニュース誌「タイム」は、スウェーデンの実情とテグネル氏の言動の詳細を詳しく調査し、鋭く批判しています。記事はスウェーデンの政策を「失敗に終わることはほぼ確実(almost certain to result in a net failure)。死と悲惨さ以外はほとんど何も生み出していない(The Swedish way has yielded little but death and misery.)」と辛辣(しんらつ)に評価しています。

 さて、同誌によれば、スウェーデンがロックダウンなどの制限を実施しなかったのは「『集団免疫』をつけるため」と受け止められてきました(集団免疫とは、地域住民の大勢が免疫を持つことです。こうなれば、たとえ感染者がでても、地域全体に感染が広がることは阻止できます)。4月の時点で同国の公衆衛生庁は「首都ストックホルムの人口の40%が新型コロナウイルスに感染し、5月までに感染を防げる抗体を獲得する」と予測していたそうです。

 集団免疫を獲得した地域として、過去のコラム「新型コロナ ブラジルでの“集団免疫”とその代償」でブラジルのマナウスを取り上げました。この地域は現在世界で唯一集団免疫を獲得した地域と言われており、地域住民の66%が感染した(抗体ができた)と推定されています。しかし、そこに至るまでに多数の犠牲を強いられたことは、そのコラムで述べたとおりです。では、スウェーデンはそれほどの犠牲を出さずして、集団免疫を手に入れたのでしょうか。

各国の人口あたり死者数は

 その前に、各国の死亡者数を比較してみましょう。

 「タイム」の記事は、10月13日時点での、各国の新型コロナによる死亡者数(人口10万人あたり)を、グラフにして紹介していました。今回はそのデータを更新し、日本の厚労省が発表した数字などに基づき、記事が取り上げたのと同じ国々について、死者数(人口10万人あたり)を11月9日現在でグラフにしてみます。スペインは82人、英国74人、米国73人です。スウェーデンは59人、隣国のフィンランドはおよそ10分の1の6.6人、ノルウェーは5.3人です。ちなみに日本は1.4人です。

グラフの数値は、厚生労働省が11月9日に発表した各国の死者数と、世界銀行発表の各国の人口から編集部が計算した。国名はタイム誌が「大きく富裕な」国として選んだもの。国名に※がついているのは北欧諸国。
グラフの数値は、厚生労働省が11月9日に発表した各国の死者数と、世界銀行発表の各国の人口から編集部が計算した。国名はタイム誌が「大きく富裕な」国として選んだもの。国名に※がついているのは北欧諸国。

 これを見るとスウェーデンという国が私には薄気味悪くすら思えます。隣国(フィンランドとノルウェー)の10倍もの死者を出しておいて、その政策を国民の多くが支持し、政策を仕切っている公衆衛生学者がまるでロックスターのような扱いを受けているのですから。

 ただし、これだけの犠牲を払ったけれども集団免疫を獲得できた、というのであれば筋は通っているかもしれません。では、スウェーデン人の免疫獲得、すなわち抗体保有率をみてみましょう。

 「タイム」によると、スウェーデン公衆衛生庁は9月3日に、6月後半の住民の抗体保有率を発表しました。ストックホルムで11.4%、同国の都市ヨーテボリで6.3%、スウェーデン全体では7.1%でした。一般に集団免疫の獲得には地域住民の4~6割程度が抗体を保有していなければならないとされていますから、まだまだほど遠い状態です。

スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマークの地図
スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマークの地図

集団免疫獲得を目指す?

 ここで私の個人的見解を述べておきます。それは、テグネル氏の主張が「集団免疫の獲得を目指す」という目標とは矛盾しているように思えることです。

 日本記者クラブの会見で述べた「国民が社会的距離を守っているので(マスクは)必要ない」という言葉を素直に解釈すれば、「マスクに頼らず社会的距離で感染を防いでいる」となります。

 一方、「タイム」の記事を読むと、スウェーデンはもともと、「(感染者を増やして)集団免疫を獲得すること」を目指していたように思えます。テグネル氏は3月に、ある人物から「健康な人の感染を許す」ことで集団免疫獲得を勧めるメールを受け取り、このメールに「一つのポイントは、集団免疫に早く到達するために学校を開いたままにしておくことだろう」と書き加えて、他の人に転送していたというのです。

 このように「感染者増を認める」ことと、「社会的距離の確保などで感染を防ぐ」ことは真っ向から対立する考えです。ただしテグネル氏は日本記者クラブで「ワクチンなしで集団免疫を達成するのは無理ではないか」と発言しましたから、現在は集団免疫獲得を目指してはいないのかもしれません。

 「マスクは不要」については、テグネル氏は一貫しています。日本記者クラブでは「社会的距離で防いでいるから不要」と発言しましたが、欧州では別の理由も挙げました。欧州疾病予防管理センター(ECDC)が今年4月、「マスクを推奨する」という立場をとろうとした際に、「(マスクによって)住民と医療従事者の間のコミュニケーションと信頼に深刻な悪影響を与える」と、同センターにメールを出して反対したのだそうです。テグネル氏のこのメールも「タイム」は取材で明らかにしています。なお、同センターはこの反対があった後、結局、マスク着用を推奨しました。

 しかし、世界中で行われた研究から、「マスクで感染を防げる(正確には感染させない)」ことは既に周知の事実です(参考:「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」)。にもかかわらず、スウェーデンではテグネル氏がマスク不要を主張し続け、実際、国民がマスクを着用している率は他国よりも低いのです。

政府の報告書に疑問の声

 「タイム」は、同国公衆衛生庁が7月7日に発表した報告書にも疑問を呈しています。報告書は、現場で働く小学校の教師と、オンラインで遠隔教育に切り替えた中学校の教師を比較して、「現場の教師はリスクにさらされておらず学校は安全」と結論付けました。しかし「タイム」によれば、実際には教室で教えている教師の感染率はオンラインの教師より60%も高いことが明らかになっています。

 学校閉鎖についての報告書の疑問点はまだあります。スウェーデンと異なり、フィンランドでは早い段階から学校閉鎖が行われました。スウェーデンの報告書は、3月から5月末までのスウェーデンとフィンランドを比較し「学校閉鎖は小児の新型コロナウイルス感染者数に影響を与えなかった」と結論付けています。しかし、「タイム」によれば、その当時はスウェーデンの小児を対象とした検査がほとんど行われていなかったためにフィンランドと比べても意味がありません。重要なのは「その期間中、スウェーデンでは集中治療室(ICU)で治療された人口あたりの小児患者数がフィンランドの7倍もあったということだ」と同誌は述べています。

 スウェーデンはロックダウンを実施せず緩やかな政策をとっているのは事実です。マスクは推奨されず、その政策のリーダーである公衆衛生学者が高い人気を誇り、国民の多くが支持しているのも事実でしょう。ですが、当初同国が考えていたとみられる集団免疫の獲得には現在もほど遠く、しかし人口当たりの死亡者は隣国の10倍もあることもまた事実です。同国の公表している報告書には疑問が残ることがメディアから指摘されています。これらを踏まえた上で、我々がこの国から何を学ぶべきなのかを検討すべきでしょう。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。