実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 「発熱でも出勤要請」「陰性でも自粛」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 新型コロナウイルスに対する考え方の「差」がますます広がっています。先日公表された東京都の調査では、2割強の人が「自分は感染しないと思う」と回答し、その一方で周囲の人々の「気の緩み」に不安を感じている人が7割近くに達したそうです。今回は太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの中から「新型コロナをまったく恐れていない人」と「不安を感じている人」を紹介したいと思います(ただし、いつものように、本人が特定できないように詳細をアレンジしていることをお断りしておきます)。

 まずは「恐れていない人」です。

検査を渋ったが結果は陽性

 【20代男性 カラオケ店勤務】

 持病はないものの、谷口医院には数年前から風邪や腹痛で受診している男性。「発熱、倦怠(けんたい)感、頭痛に襲われ、以前に谷口医院で処方されて持っていたアセトアミノフェン(解熱剤)を飲んだら大量に発汗した」と言って電話をかけてきました。

 論文などでは見たことがないのですが、私は「アセトアミノフェンで大量発汗」が生じた新型コロナの患者さんを過去に何人か診ています。それに、インフルエンザが流行していないなかで、発熱、倦怠感、頭痛の三つがそろえば新型コロナをまず疑わねばなりません。「発熱外来」に来てもらわねばならないことを説明し、他の患者さんが帰ってから受診してもらいました。

 しかし、新型コロナの可能性があることを伝えると「僕はコロナじゃありません。ちゃんと、においも味も分かります」と言います。たしかに新型コロナの場合、味覚障害や嗅覚障害は高率で出現するといわれていますが、必ずしも出るわけではありません。「当院でも過去に何人か、それらの症状がなくても陽性の人がいた」という話をして、ようやく検査に同意してもらいました。これだけ症状が強いと、感染していればPCRをしなくても抗原検査で検出されるはずです。抗原検査なら、ウイルス量が多ければ数秒で分かります。案の定、結果は「陽性」でした。

 「本当ですか?」と結果をなかなか信じませんでしたが、ウイルス量がかなり多いから結果がすぐに出たということを説明し納得してもらいました。問診から、仕事はカラオケ店のスタッフ▽仕事が終わってから同僚とカラオケ大会を毎日のようにしている▽同僚にも発熱している者がいたけれど「解熱剤で下がったからコロナではない」と店のスタッフ全員が考えている--などが分かりました。「今日か明日に保健所から電話がかかってくるから指示に従うように」と伝えて帰宅してもらいました。

 
 

「休むなら診断書を持ってこい」

 翌日この男性から電話がかかってきました。「仕事を休むために診断書がほしい。今から取りに行く」と言います。「できるだけ外出を控えること。勤務先に診断書を提出するにしても勤務先に行くこと自体を避けるべきだから後日にするように」と回答しましたが、「勤務先から、『休まれると困る。どうしても休むんやったら今すぐ診断書を持ってこい』と言われた」と言います。

 つまりこのカラオケ店は、従業員が新型コロナウイルスに感染したというのに、他の従業員も、店を利用した顧客もおもんばからず、営業をそのまま続けようとしているわけです。その後保健所がどのように対応したのか、このカラオケ店がクラスター(感染者集団)に認定されたのかどうかは分かりませんが、この店のスタッフ全員が新型コロナをまったく恐れていないことだけはよく分かりました。

 次いで「不安を感じている人」の例を紹介します。

感心するほど予防を徹底

 【30代女性 自営業】

 谷口医院には、ぜんそくとアトピー性皮膚炎で数年前から通院中。1年前にひとりで事業を立ち上げ、大阪府内に事務所を構えました。コロナ禍で業績は落ち込んだものの、ようやく復活の兆しがみえてきたと言います。コロナ流行前は全国に出張に行っていましたが、流行後は可能な限りリモートワークで済ませ、商品のサンプルなどは郵送するようにしていました。元々心配性なこともあり、ネットで取り寄せたN95マスク(医療用マスク)を持ち歩き、他人との会食は一切断っていると言います。医師の私が感心するほど、予防を徹底している女性です。

 ただ、まったく出張しないわけにはいかないようで、最近、半年ぶりにある地方都市に飛行機で出張に行きました。

 出張から戻った翌日、ある地方都市(出張先ではない)の保健所から電話がかかってきました。「機内であなたの近くに座っていた人が当地域の住人で、新型コロナ陽性であることが分かった。すでに大阪の保健所に、あなたにも感染の疑いがあると連絡した。もうすぐ大阪の保健所から電話がいくと思うから指示に従ってほしい」とのことでした。「近くに座っていた」というだけで、どの席かは教えてくれなかったそうです。彼女自身は機内で一度もマスクを外していませんし、周囲の乗客も搭乗中は終始無言で全員がマスクを着用していたそうです。

 
 

 さらに翌日、大阪の保健所から女性に電話がかかってきました。「指定する場所で検査を受けなければならない。検査結果にかかわらず2週間は外出してはいけない」と言われたそうです。※編集部注

無症状で陰性でも外出できない

 リモートワークなら可能とはいえ、外出できなければ仕事が大きく制限されます。症状は何も出ていなかったこともあって、彼女は仕事を優先し、事務所で寝泊まりすることにしました。こうなると、手伝いに来てもらっているアルバイトの女性を休ませなければなりません(その給与をどうするんだという問題もあります)。検査結果は陰性でしたが、その後2週間近く外出ができず、日ごろから1人暮らしなので食事にも困ったと言います。

 この女性は、きちょうめんで責任感の強いタイプです。「知らない番号からかかってきた電話には出ない」という人もいますが、この女性はそういったことができず、感染者の住む地方都市の保健所からの電話をとったのです。そして「煩わしいことに関わりたくない(まして自分は無症状で機内ではN95を着用していた)」と考えて、大阪の保健所からの電話を取らない人もいるでしょうが、彼女にはそれができませんでした。

 それでも感染の可能性がゼロでなかったのなら検査をしてよかったではないか、という意見もあるとは思います。ですが、それではすみません。元々心配性で我々医療者が驚くほど感染予防を徹底していた女性なのです。それでもこういった事態に巻き込まれたわけです。数年間この女性を診てきた私が懸念するのは「恐怖感から今後飛行機に乗れなくなるのではないか」「至るところで“感染者とみなされるリスク”が気になり外出困難になるのではないか」「せっかく軌道に戻りつつある彼女の仕事がうまくいかなくなるのではないか(アルバイトに給料を払えるのか)」といったことです。

 ところで私自身も飛行機に乗らねばならないことがしばしばあります。その都度、感染のリスクを考え、この女性と同じようにN95を着用し、飲食は絶対にしません。そして、自分では確かめようがないものの、機内アナウンスの「換気を実施しており……」という言葉で少し安心しています。しかし、いくら注意しようが「近くに座っていた人が感染していたと後から知らされて2週間外出禁止(あるいは自粛)と言われる可能性がある」のなら、飛行機に乗ることをちゅうちょせざるを得ません。

「トラベル」と「イート」の課題

 現在、国は「GoToトラベル」というキャンペーンを行い国内旅行を促しています。飛行機での旅行を推奨するのであれば「ただし、あなたの近くに座った人が新型コロナウイルスに感染していることがわかったときは、検査を受けてもらいます。結果に関わらず2週間は外出禁止(あるいは自粛)とします」と初めから案内しておくべきではないでしょうか。

 また、きちんと感染予防対策をとっている人たちがいる一方で、先述したカラオケ店の従業員のようにまるで無頓着な人たちもいるわけです。このカラオケ店は「GoToイート」の対象ではないでしょうが、こういったキャンペーンを開始するのならその前に「症状があれば外出を控え、かかりつけ医か保健所に相談すること」を少なくとも飲食店の従業員全員に徹底すべきではないでしょうか。

 ※編集部注 編集部は、こうした場合の対応について大阪府に問い合わせました。府感染症対策課によると、この女性は、感染者の濃厚接触者とみなされたようです。そして「検査を受けてほしい」「2週間、行動を自粛してほしい」という要請は、接触の場が飛行機内でもそうでなくても、濃厚接触者に対しては一般的に行っているとのことでした。ただし、この要請はあくまで「お願い」で、強制力はないそうです。また、府は濃厚接触者に対し、食料の配達など、外出しないで済むための援助をしていません。

 厚生労働省のホームページは、濃厚接触者に「不要不急の外出は控えてください」と呼びかけています。裏を返せば「必要で急ぐ外出」ならよいわけです。府も同様の方針で、「マスクをして」「公共交通機関は使わないで」とお願いはするものの、濃厚接触者の外出はあり得ると考えているそうです。

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。