
東京都議会の最大会派「都民ファーストの会」が11月24日、新型コロナウイルス感染症対策として、検査拒否に対する罰則を新設する条例改正案を、都議会定例会(30日開会)に提出すると発表しました(同会はその後の12月2日、今議会での改正案提出を断念し、来年2月議会での成立を目指す、と発表をし直しました)。罰則とは「5万円以下の過料(いわゆる罰金)」だそうですが、結論から言えば、私はこの罰則に反対です。罰則を科すことでかえって、感染の可能性のある人が医療機関や保健所から遠のき、結果として感染者を増やすことになる恐れがあるからです。今回は、罰則の問題点を指摘し、では検査を受ける人を増やすにはどうしたらよいかを考えてみたいと思います。
検査を拒否する人はいるけれど
「検査を勧めても拒否する人」は確かにいて、私自身もそれなりに診ています。しかし、だからといって、感染の疑いのある患者さんに対し「医師の指示に従ってもらわないと困ります」などと言ったことはありませんし、当局に通報するようなことにも反対です。もしも「検査拒否で罰則」という規則が制定されると「検査拒否した者=犯罪者」という図式ができあがり、これから「感染の可能性のある者も犯罪者に近い」というイメージがつくられないかを懸念します。すると、鼻炎でくしゃみや鼻水が出る人や、ぜんそくでせきが出る人は、人前に出るのが恐怖になってしまうかもしれません。
おそらく都民ファーストの会が想定しているのは、保健所が「濃厚接触」と認めた人が検査を拒否するようなケースだと思います。例えばライブハウスで感染者が出た場合、その会場にいた人全員に検査を強制し、拒否した場合は過料、というルールを想定しているのでしょう。※編集部注1
ですが、このような規則はまずうまくいかないと思います。なぜなら過料があろうがなかろうが、検査を受けない人は受けないからです。極端な話、「では過料を払います。検査はお断りします」と言われたらどうするのでしょう。
仲間の迷惑を心配しそう
別の例を考えてみましょう。例えばあなたがある会食に参加して翌日に発熱し、医療機関を受診して新型コロナウイルス陽性が分かったとしましょう。医療機関は保健所に届け出をせねばならず、保健所はあなたに電話で調査をすることになります。その時「前日の会食にはだれが参加していたか」と聞かれます。この時「検査を拒否すれば罰則」というルールが頭をよぎり、参加者を保健所に伝えるのをためらう、ということはないでしょうか。

問題はまだあります。「濃厚接触」の定義は一応は設けられていますが、実際にはそんなに簡単に「濃厚接触者」と「濃厚接触者ではない人」との線引きができるわけではありません。そして、濃厚接触かどうかを「決められる側」、つまり「あなた」が「そんなことくらいで濃厚接触になるのはおかしいではないか」と感じることも出てくるでしょう(例えば、過去のコラム「新型コロナ 『発熱でも出勤要請』『陰性でも自粛』」で紹介したように、飛行機で旅行して、自分も周囲の乗客も全員がマスクを一度も外していないのに、陽性者が近くに座っていただけで検査を強制されるのには抵抗がある人もいるでしょう)。そして、「あなた」には明日大切なイベントがあったとしましょう。この場合、保健所に「明日のそのイベントはキャンセルしてください。そして検査を受けてください。従わなければ過料です」と言われることになるのです。※編集部注2
おそらく保健所の職員も濃厚接触の判定にはかなり気を使い、それを該当者に伝えるときにも細心の注意を払っているはずです。強制ではないが故に話しやすい側面もあると思います。しかし「拒否すれば過料です」と言わなければならなくなると話しづらくなるでしょうし、そもそも「保健所ではないかと思われる番号から電話がかかってきた時はとらない」と考える人も出てくるに違いありません。
また「悪いこと」を考える人が出てくるおそれもあります。例えば新型コロナウイルスに感染した人がいて、その人が日ごろ恨みを持っている人を「濃厚接触した」とでっちあげたとすればどうなるでしょう。保健所はいちいち現場検証をおこなうわけではなく、たいていは感染者への聞き取りで判断します。そこでは「感染者がうそを言う」という可能性はほとんど考えられていません。すると「自分だけが外出禁止を強いられるのは我慢ならない。あいつも巻き添えにしてやる」と考える人が出てくるかもしれません。
権力の乱用につながらないか
「検査拒否に過料」で生まれる問題はまだまだ考えられます。そもそも疾患と「罰則」を連携させるべきではありません。もちろん、病気を「故意に他人にうつす」ような場合(傷害罪になる可能性があります)には罰則も必要でしょうし、院内感染が起こった場合は医療機関に安全義務違反がなかったかどうかが検証されなければなりません。ですが、一般の人が検査を拒否することで過料というのは、「濃厚接触」が明確に決められない以上、行政(東京の場合は都知事)の権力乱用につながりかねません。
ただ、東京都議会の第1党である都民ファーストの会がこのような条例案を提出することにはもちろん理由があるわけで、その理由はおそらく「検査を拒否する人が目に余る」ことだと思います。私は「検査拒否に過料」は反対ですが、都民ファーストの会が問題だと考えているこの現実には対策が必要だと考えています。
検査を受ける人をほめよう
では検査を拒否する人に対してどうすればいいのか。その「答え」はすでに過去の連載「新型コロナ 検査希望者を褒めたたえよう」で述べています。それは、たとえすぐには効果が出なくとも、検査を受ける人を褒めたたえることです。「褒めたたえる」が大げさなら、「濃厚接触の可能性がある」「軽度だけど症状がある」という人が検査を受けることを、社会全体で推奨、応援するような「空気」をつくりだすことです。

そのためにすべきことはまず「影響力のある人たち」が率先して検査を受けることです。では「影響力のある人たち」とはだれなのか。私見を述べれば政治家と医療者です。政治家の先生たちは「大勢の人との接触」「移動」「会食」が日常の仕事のようなものでしょうから新型コロナ感染のリスクは高いと考えられます。まったくの無症状で濃厚接触が確実にないのなら不要ですが、少しの風邪症状や濃厚接触の疑いがあれば直ちに検査をして結果を公表すべきです(政治家は公人です)。
新型コロナに関して政治家以上に影響力があるのは「医療者」です。積極的に検査を受けて、陽性であればそれを公表すべきです。ところが、過去に紹介したように4月の時点では「風邪症状が出てきたときに新型コロナウイルスの検査を受けるか」というアンケート調査で開業医の29.7%、勤務医の14.7%が「検査を受けずに診療を続ける」と回答しました(参照:「新型コロナ 差別を恐れ検査を嫌がる人たち」)。それから7カ月以上がたった現在、同じ調査をすれば「診療を続ける」と答える医師はゼロであると信じたいですが、その保証はありません。
大切なのは政治家や医師など影響力のある人たちがまず自分たちで積極的に検査を受け、検査の大切さを社会に示すことです。そして、それを一般社会に浸透させていくには、感染者に対する偏見や差別があってはなりません。新型コロナウイルスが登場したときから、私は「差別が最大の問題だ」と言い続け、この連載でも繰り返し述べています。差別がなくなれば新型コロナに伴う多くの問題は解決します。
感染者差別の解消こそ必要
日本で新型コロナに関する差別が問題となっていることは、すでに海外からも指摘されています。米紙ワシントン・ポストは9月14日に「日本では、新型コロナ感染者に対する差別は、感染と同じくらい根絶が難しい(In Japan, coronavirus discrimination proves almost as hard to eradicate as the disease)」というタイトルで日本の悲惨な差別の実態を紹介しています(なお、この記事には「医療プレミア」に私が書いた記事「新型コロナ 検査希望者を褒めたたえよう」も紹介されています)。
「検査拒否で過料」は差別を助長することにつながりかねません。そうではなく「検査を受ける人を歓迎」する社会が望まれます。政治家の先生方にはそのような社会をつくる努力をお願いしたいと思います。
※編集部注1 都民ファーストの会の議員は、条例改正案の概要を発表した11月24日の記者会見で、罰則の対象として、検査を断る濃厚接触者も想定していると話しました。ただその際に「濃厚接触者から断られたらすべて“罰金”ということはありえません」とも言っており、実際の運用がどうなるかはよく分かりません。
※編集部注2 都民ファーストの会が作成した条例改正案などによると、この案で過料にいたるまでの過程は次のようです。まず保健所(正式には都)が、濃厚接触者などに対し感染症法に基づいて検査を受けるように「勧告」をします。勧告された人が検査を受けなかった場合、都知事はさらに「期限を定めて」検査を受けるように「命ずる」ことができます(この命令は「できる」であって、必ずしないといけないわけではありません。都民ファーストの会は、悪質な拒否の場合に出すことを想定しているそうです)。命令に「正当な理由がなく」従わなかった場合に「5万円以下の過料」となります。どんな場合に命令を出すのかや、命令の「期限」を何日間にするか、従わない「正当な理由」として何を認めるか、はいずれも条令改正案には書かれていません。
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谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。