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新型コロナ 「感染して謝罪」はもうやめよう

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
 
 

 このところ新型コロナウイルス感染について「記者会見で謝罪した」という報道が目立ちます。少し例を挙げると、陸上自衛隊朝霞駐屯地で、教育課程に参加した複数の女性隊員が感染し、10月に陸上幕僚長が定例記者会見で謝罪しました。11月には沖縄県議会の会派「沖縄・自民」が、宮古・八重山地域の視察で12人が感染したことについて謝罪。浜松では商工会議所青年部で集団感染が発生したことについて、副会頭が謝罪しました。兵庫県市川町立市川中学校でもクラスター(感染者集団)が発生し校長らが会見で謝罪しました。

 個人の例もあります。自らの新型コロナウイルス感染により、防衛戦が中止となった世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級スーパー王者の京口紘人氏もオンラインで会見して謝罪しました。

謝罪するなら「感染は悪いこと」?

 感染して、あるいは(感染した人たちを監督する側からみると)感染させて謝罪しなければならないのなら「感染する(させる)こと=悪いこと」になってしまいます。感染する(させる)のを何が何でも避けなければならないのなら、強制的な政策、すなわち「ロックダウン(都市封鎖)」をとり外出禁止とするしかありません。ロックダウンの命令を無視して外出して感染したのであれば謝罪しなければならないのはわかります。

 ですが、現在政府が掲げ、そして国民の多数が賛同している政策は「可能な範囲で各自が感染に注意しながら人の移動をある程度促す」ことではなかったでしょうか。だから状況に注意しながらGoToトラベルやGoToイートも実施されているわけです。私は個人的にこれら「GoTo」に必ずしも賛成しているわけではありませんが、行政が決め、そしてすでに実行されていることですから「GoTo」のイベントに参加する人を非難するつもりはありません。できるだけ安全にイベントを楽しんでもらうよう支援したいと考えています。

「感染抑制」と「街の活気」の両狙い

 ここでもう一度現在の日本の政策を確認しておきましょう。政府は「ただの一人も感染者を出さない」と言っているわけではありません。そうではなくて、高齢者や持病のある人は可能な限り外出を控えてもらう一方、重症化のリスクが少ない人にはある程度のリスクを抱えることにはなるものの、経済活動を担ってもらうことを目標としているわけです。もちろん国民全員に正しい知識を持ってもらい可能な範囲での予防対策をとってもらう必要はありますが「絶対に感染してはいけない」と言われているわけではありません。つまり、全体でみたときの感染者数及び重症者数を一定以下におさえながら、街に活気を取り戻し、経済を動かしていくのが現在の日本の政策なのです。

 にもかかわらず、集団感染もしくは個人が感染したからといって直ちに謝罪をするのはおかしな話です。しかも先述した集団(個人)の感染はすべて若い人の間で起こっており、一人も重症化してはいません。

GoToトラベルに東京発着の旅行が適用された初の週末、旅行客らでにぎわう国内線出発ロビー=羽田空港で2020年10月3日午前9時31分、滝川大貴撮影
GoToトラベルに東京発着の旅行が適用された初の週末、旅行客らでにぎわう国内線出発ロビー=羽田空港で2020年10月3日午前9時31分、滝川大貴撮影

 まだ新型コロナについてよく分かっておらず、海外での高い致死率が報告されて緊急事態宣言が発令された、いわゆる第1波の頃は、確かに現在よりも厳しいレベルで行動を控えなければなりませんでした。未知のことがあまりにも多く、致死率がそれなりに高いと考えられていたからです。ですから、有名人がレジャーで感染したことが報道されれば非難の対象になったわけです。個人的にはこのときも無責任な誹謗(ひぼう)中傷が起こり過ぎたとは思っていますが、非難する側の気持ちも理解できました。

 ですが、今はそこまで厳重な体制をとる必要がないというコンセンサスができているはずです。たしかに、新型コロナを甘く見過ぎてはいけません。夏ごろから楽観論が出てきていますが、この連載では「極端な楽観がいかに危険であるか」を述べてきました。若者でも重症化するリスクはありますし、後遺症に苦しんでいる人が少なくないことも取り上げました。

 けれども「感染者絶対ゼロ」が我々の求めていることではないはずです。注意していても感染してしまった人たちに対しては寛容にならなければならず、謝罪を求めてはいけません。この点、海外メディアを見ていてもこのような報道はほとんどありません。謝罪会見がおこなわれているのは日本と韓国(宗教団体のリーダーが謝罪したことが報じられました)くらいです。世界中で感染した人の体験が報道されていますが、謝罪の記事はほとんど見たことがありません。むしろ、感染し回復した人がヒーロー扱いされることもあります。回復者はマッチングアプリ(インターネットを通じ恋人などを探すためのアプリ)でモテモテだとか……。

謝罪は差別を助長する

 謝罪会見は見ていて気持ちのいいものではありませんが、それだけでは済みません。社会に悪影響を与える可能性があるからです。

 それは「差別の助長」です。繰り返しますが、謝罪をしなければならないのは悪いことをしたときです。ということは、感染したことで謝罪が求められるなら、感染すれば「悪」の烙印(らくいん)を押されることにつながりかねません。

 上述した中学校のクラスターは校内の合唱コンクールが原因とされています。感染した生徒が責任を感じ、他の生徒や保護者から差別的な扱いを受けないかを懸念します。また、合唱コンクールを主導した音楽の先生に非難が集中しないかも心配です。音楽の先生からすれば「合唱コンクールで生徒が得る感動」が「新型コロナ集団発生のリスク」を上回ったからこそ開催したわけです。結果としてクラスターが発生したから責められるというのはまったくおかしな話です。

 
 

 では、感染したりさせたりした時は、どのような時も堂々としていればいいのでしょうか。もちろん故意に感染させるような行為は論外ですし、自身が感染していることを知っていて他人と緊密な接触をするような行為も許されません。感染させてしまえば傷害罪になる可能性がありますし、結果として感染させなくても、傷害罪以外の罪に問われたり、接触の相手から、与えた被害の損害賠償を請求されたりすることが考えられます。

 感染させたときに過失の責任が問われる可能性があるのは医療機関での院内感染です。そして、残念ながら医療機関や介護施設でのクラスターはたびたび報告されています。ただ、誤解を恐れずに言えば、医療機関や介護施設での院内感染の可能性を完全にゼロにするのは困難であることをご理解いただきたいと思います。

 私が院長を務める太融寺町谷口医院では「発熱外来」を実施していますが、その「発熱外来」で院内感染が発生することはまずあり得ません。熱がある人には、他の患者さん全員が帰ってから受診してもらいますし、受付を介さず直接、「隔離室」に入室してもらうからです。該当する患者さんが受診した時点で私が隔離室でPPE(個人防護具、つまりN95と呼ばれるマスクやガウン、グローブなど)を着用して待機しています。

 実際、全国の感染症外来や病棟での院内感染の報告はありません(感染症診療の中核を担う病院で院内感染が発生したのは、救急外来など他の部門です)。医療機関や介護施設で感染が起こる最大の理由は、症状を隠して来院する患者さん(やその付き添い)がいるからです。また、これだけマスクの重要性が叫ばれているにもかかわらず、マスク非着用、あるいはあごにずらして来院するような人もいます。そういう人が受診したときには直ちにマスクを適切に装着するよう指示しますが、すぐには従わない人もいます。

社会は感染者を許容すべき

 話を戻しますが、少なくとも医療機関以外でのクラスターは、感染した人もさせた人も責められるべきではなく、社会は許容すべきです。クラスターが起こってしまったときは恥じることなく堂々としていればいいのです。感染したかもしれない、させたかもしれない時に速やかに保健所に報告できるようにするためにも、謝罪を求めるような空気をつくってはいけません。差別がなく、感染した、させた可能性があることを直ちに申し出ることができる社会こそが、感染を最小限に抑えられるのです。

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太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。