実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-

新型コロナ 医師の私が抱いた「医療不信」

谷口恭・太融寺町谷口医院院長
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 皆様、明けましておめでとうございます。新型コロナウイルスの感染は残念ながらおさまらず、そういう意味ではめでたくないですが、それでも新年は明るく迎えたいものです。今回はお正月の特別連載として、明日あさっても含めて3回にわたり、新型コロナについて私見を交えながら検証したいと思います。1回目の今回は「なぜ日本ではPCR検査が広がらなかったのか」を振り返り、そして「これから検査が必要なときはどうすればいいのか」を考察します。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は大阪市のオフィス街と繁華街が混在したような場所にあります。そこで院長を務める私が医療プレミアの「実践!感染症講義」の連載を開始したのは2015年7月。当時の編集長も私も、こんなに長く連載が続くとは思っていませんでした。そもそも私は大病院の感染症科に勤務する感染症専門医ではなく、「どのような疾患にも対応する」ことを掲げる総合診療医(GP)なのですから。

まず行く医療機関は専門病院でなくクリニック

 ですが、連載を始めてみて気付いたことがあります。その症状が感染症によるものかどうかは別にして、何か症状が出たときに最初に受診するのは大病院の感染症科ではなく谷口医院のようなクリニックです。

 風邪や腹痛を訴えて病院の感染症科を受診することはできませんし、発熱、関節痛、頭痛、皮疹、倦怠(けんたい)感などが続いたときもまず相談するのは近くにあるクリニックです。そして、こういった症状の原因が感染症であることは少なくありません。しかし、そのほとんどは大きな病院の感染症科に紹介することはありません。必要がないからです。また、HIV(エイズウイルス)やB型肝炎といった慢性化する感染症については大きな病院に紹介することもありますが、そういった疾患を持つ患者さんが健康のことで困ったことが出てきたときに受診するのは、やはり大病院ではなくクリニックです。

 新型コロナに関して言えば、私が当初関わりだしたのは昨年の2月初めごろでした。「発熱や喉の痛みがあるのに、中国に行ってきたというだけで、どこからも診療を拒否された人たち」を診療するようになったのです。

 その2週間後には早くも「(風邪のような症状が出て、コロナではないかと心配し)保健所に電話したけれど相手にされなかった。近くの医療機関からも断られた」という人たちからの問い合わせが相次ぎました。その後、新型コロナの後遺症を訴える人(私はこれを「ポストコロナ症候群」と呼んでいます)や、客観的には新型コロナを疑う必要がないのだけれど不安が消えない人たちからの相談も急増しました。谷口医院で新型コロナの検査を実施するようになってからは、新型コロナ陽性の人も大勢診ています。

 この新しい感染症は医学的のみならず社会的にもさまざまな問題をはらんでいます。今年(2021年)も我々の最大の関心事項は新型コロナウイルスとなるでしょう。

無理があった「発熱4日以上」ルール

 さて、話を昨年2月に戻します。新型コロナを疑う症状が出現したときにどうすべきかについて、当時の厚生労働省及び各地域の自治体の方針は「37.5度以上の発熱が4日以上続いたときは保健所(帰国者・接触者相談センター)に連絡を」でした。しかし、この方針に無理があるのは自明でした。それは後からだから言えることだ、という声もあるかもしれませんが、私はこんな非現実的な方針が続けられるはずがないと確信していました。そこで2月下旬の時点で谷口医院のウェブサイトで「当院をかかりつけにしている人は、症状があれば(保健所でなく)当院に連絡してください」と案内しました。

 保健所に相談してもうまくいくはずがない、と私が確信した理由はいくつかあります。まず、少ない職員では対処できませんから電話回線がパンクします。行政は需要を考えて職員を増やすから大丈夫だろうという意見もありました。おそらく行政がおこなう試算は予想される感染者数から割り出します。しかし、これでは不十分なのです。これだけ世界中で惨事が伝えられると過剰に心配する人が必ず出てきます。我々総合診療医はこういったことを度々経験しています。例えばエイズを取り上げた映画やドラマがはやると、「自分も感染していないか」と考える人たちが医療機関におしかけます。そして心配して電話する人というのはなかなか電話を切ってくれません。

 
 

「かかりつけ医が対応すればよい」はずが

 そこで私は「保健所でなく我々開業医が電話相談を受ければいい。そうすれば保健所に電話をするのはかかりつけ医を持たない人のみになる」と考えました。この方法であれば、かかりつけ医を持っている患者が感染を心配した場合には、患者さん本人ではなく、我々医師が保健所と交渉します。ですから話がスムーズにいくはずです。つまり新型コロナを疑う必要のない例(ただしこの判断は簡単ではないこともあります)は医師が患者さんに「自宅待機で大丈夫ですよ」と説明し、検査や入院、治療が必要な事例のみ、保健所に交渉すればよいはずでした。

 これでうまくいくだろうと期待したのですが、その期待はすぐに裏切られました。「この患者は明らかに新型コロナに感染していると思われる」という見解を、医師として保健所に伝えても、保健所からPCR検査を断られるのです。今から振り返っても20年の春は異常でした。

 そして、私が「裏切られた」と感じたのは保健所だけではありません。同業の医師に対しても、です。新型コロナの流行で私に“医療不信”が生まれました。日ごろ診ている患者さんが発熱で「コロナかもしれない」とおびえているときに、我々医師は何をすべきでしょうか。話を聞いて必要と判断すれば保健所に検査を交渉するのが当然ではないでしょうか。

「発熱は診られない」と断られた患者が急増

 にもかかわらず「いつも診てもらっているところでは『発熱患者は診られない』と言われた」と電話やメールをしてくる人が、3月以降急増したのです。保健所に断られ、生活習慣病などでいつも診てもらっている近くの診療所も含めて10件以上の医療機関から診察を拒否され、はるばる遠くからやってきた患者さんのことは過去のコラム「新型コロナ 過剰な検査制限『高熱10日でもダメ』」で紹介しました。この患者さんは新型コロナに感染していることが強く疑われたために、保健所に私自身がしつこく交渉したのですがそれでも検査を認めてもらえませんでした。仕方がないので大きな病院に「不明熱」という名目で入院してもらうことにし、そこでようやく新型コロナの検査を受けることができて、結果は陽性でした。

 5月になっても(報道では検査のハードルが下がったとされていましたが)保健所へ私自身が依頼しても断られることが少なくありませんでした。そこである日、保健所に勤務する医師に直接交渉しました。「検査を認めてもらえないなら当院でさせてほしい」と。意外にも答えは「OK。むしろ積極的に実施してほしい」。ただし、保健所と谷口医院で「行政契約」というものを結ばねばならないから少し待ってほしい、とのことでした。

 このあたりから、新型コロナの診療状況に、地域によって「差」が出てきました。私の実感で言えば、東京に関しては医師会と病院、診療所が協力しあい、少なくとも医師が検査が必要と判断したのに断られるケースは激減しました。ところが、大阪では検査を公費でできるようになるのにずいぶんと時間がかかり、谷口医院でようやくできるようになったのは10月です。しかし、新型コロナを疑った場合は患者さんが公共交通機関を使えませんから、遠方に住んでいる患者さんから問い合わせがあったときは受診してもらうのではなく、その患者さんの管轄の保健所と交渉することになります。しかし昨年10月の時点で、保健所からもその地域の病院からも断られたケースがありました。この事例は過去のコラム「新型コロナ 診療する医療機関の公表を」で紹介しました。結果はやはり陽性でした。

最大の問題は「検査を少なく抑えたこと」

 新型コロナが流行しだした2月以降、政府の対応には大きな批判が寄せられました。「オリンピックを意識して緊急事態宣言を出すのが遅れた」「学校を閉鎖する意味があったのか」「アベノマスクに意味があるのか」などです。政府のとった行動について私の感想を述べておくと、たしかにマスクについては「わが政府はこんなことしかできないのか……」と残念でしたが、登校の自粛、緊急事態宣言、国民への支援金、医療機関への補助金、第3波での自粛要請などはよくやってもらったと思っています。完璧ではないにせよ、いろんな意見があるなかで、しかも未知の感染症に対して、そのときの情報から適切な対策をとられたのではないかと思っています。

 この国の新型コロナ対策で、最もまずかったと私が思うのは、PCR検査の実施数を少なく抑えてきたことです。検査が少ないと、いくつかの問題が生じます。まず、感染者の診断、治療が遅れ、病状を悪化させる心配があります。そして新型コロナの場合、無症状の人もウイルスを他人にうつすのですから、無症状・軽症の感染者も早く見つけて、しっかりとした隔離体制を取ることが必要です。そうしないと感染拡大を抑えにくくなります。昨年の春ごろは「軽症の人は検査を受けず自宅にいて」という主張が目立ちましたが、「新型コロナ陽性」という検査結果がないと、行政は自宅療養を支援しにくく、感染者を病院やホテルに移すこともできず、結果として隔離は徹底されないのです。また、検査不足だと感染を心配する人たちの不安に応えられませんし、海外渡航の準備のための検査など、社会的要請にも応えにくくなります。

オンライン方式で記者会見したWHOのテドロス事務局長=スクリーンショットから(画像取得は毎日新聞社)
オンライン方式で記者会見したWHOのテドロス事務局長=スクリーンショットから(画像取得は毎日新聞社)

 3月の時点で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は世界に向けて「検査! 検査! 検査!」と呼び掛けていました。日本では政府自体は検査を促していたにもかかわらず、医師が必要と判断しても検査ができない事例が相次ぎました。これは誰のせいなのか。私は最大の責任は医師自身にあると思っています。2月の時点では検査会社のキャパシティーが小さすぎたので仕方がありませんでしたが、その後も検査できない状態が続きました。そして今も検査を増やすことに否定的な医師は少なくありません。もしも2月の時点で、医師が一丸となり検査数を増やすよう声をあげていればこのような事態にはならなかったに違いありません。

 では、現在の検査状況は適切なのでしょうか。問題は解消されているのでしょうか。次回述べます。(特別連載2回目はこちら

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谷口恭

太融寺町谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。