令和の幸福論

郷ひろみを知らない中学生~社会の断層と未来

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
  • 文字
  • 印刷
急増期の「終戦っ子」を収容するため、1963年春に新設された大阪府立大和川高校(現大阪府教育センター付属高校)で、1期生537人の卒業式が行われた=大阪市住吉区で66年2月24日、山中徳一撮影
急増期の「終戦っ子」を収容するため、1963年春に新設された大阪府立大和川高校(現大阪府教育センター付属高校)で、1期生537人の卒業式が行われた=大阪市住吉区で66年2月24日、山中徳一撮影

 「2025年問題」という言葉が取りざたされたのはいつごろだったか。戦後ベビーブームに生まれ人口の最も多い団塊世代がすべて75歳を超えるのが2025年。医療や介護の負担が一気に高まって財政破綻するのではないかと騒がれたものだ。

 気が付けば、25年はもう目の前に迫っている。今は終息の気配が見えない新型コロナウイルスのことばかり騒ぎになっているが、日本の高齢化は25年を過ぎてからさらに上り坂が続く。75歳以上の後期高齢者の数は増え続け、54年まで増加傾向が続く。現役世代の人口はその間もそれ以降も減り続けるので、社会全体の高齢者比率は高まっていくことになる。

 しかし、高齢者が増えていくことをどれだけ不安に思っても現実は変わらない。そんなに悲観する必要もないと思う。昔の高齢者と今の高齢者はずいぶん違うからだ。

サザエさんの時代の高齢者

 昭和の時代の高齢者の代表選手として、漫画の「サザエさん」一家の波平さんを思い浮かべてほしい。休みの日には浴衣を着て盆栽の手入れをしているお父さん。何十年も続く長寿番組で、タラちゃんは幼児のまま、カツオやワカメも小学生のままだ。もちろん、波平さんも。その波平さんの年齢は54歳である。

 サザエさんが初めて新聞の4コマ漫画に登場したのは1946年、テレビでアニメがスタートしたのは69年。その当時、日本のサラリーマンの定年はどの会社もだいたい55歳だった。波平さんは定年を間近に控えた老サラリーマンという設定なのである。

 現在の日本社会では波平さんのような54歳にはなかなかお目に掛かれない。

 サラリーマンの老後の生活を保障する厚生年金は原則65歳からしか受給できない。よっぽど資産でもない限り、55歳を過ぎても働いて生活の糧を得なければ、今の時代は生きていけない。

 政府は高年齢者雇用安定法を改正し、希望する中高年を65歳まで雇用するよう企業に義務付けた。企業は定年を廃止するか延長するか、あるいは契約社員などとして再雇用するといった措置を取らなければいけなくなった。

 現実に、今の中高年は元気な人が多い。54歳で浴衣を着て休みの日に盆栽をいじっている人を私は知らない。

 ちなみに、歌手の郷ひろみさんは1955年生まれ。現在65歳だ。人口推計など政府の各種統計では65歳はれっきとした高齢者である。

 ロック歌手の矢沢永吉さんは49年生まれの71歳、ジャパネットたかた創業者の高田明さんは72歳、北野武(ビートたけし)さんは74歳、加山雄三さんは83歳。

 毎日のようにテレビで見る有名人は、54歳の波平さんよりはるかに年上の人が多い。今の日本で活躍する高齢者はこんなに元気なのだ。

 社会福祉などをテーマにした研修や講演でパワーポイントを使ってこうした話をすると、だいたい会場から驚きや感嘆の声が起きる。

 65歳以上を高齢者として「支えられる側」に位置付けていると、これからの社会は破綻してしまいそうだが、現実にはバリバリ活躍している人が多い。こうした高齢者を「支える側」に位置付けると、統計上の高齢化とは違った高齢社会の風景が見えてくるだろう。元気で活躍できる人には何歳になっても社会を支えてもらい、年金や医療など社会保障制度も実態に沿ったものに変えていけば、日本の未来はネガティブに塗り固められたイメージとはまた違ったものが見えてくるはずだ。

 時の政権に批判的な目を向けることが、権力を監視するwatchdogとしてのメディアの役割という思い込みもあってか、高齢化を悲観的に見る傾向がメディアには強い。しかし、現実はそんな単純なものではない。そうしたことをもっと多くの人に知ってほしいと思う。

郷ひろみや忌野清志郎を知らない世代

 ところが、ある中学校でこのスライドを見せて説明したとき、静まり返ってまったく反応がなかった。私の言うことに批判的というのではない。何の反応も起きないのだ。40人学級を二つずつ集めて2回、計160人の中学1年生にこの話をしたのだが、どの生徒も反応しない。

 郷ひろみを知らないからだ。

 波平さんは知っているが、矢沢永吉、ジャパネットたかたは知らないという。これでは今の高齢者がいかに若くて元気かと力説してもわかってもらえないわけだ。

 高校で社会福祉について話したときにも同じような場面があった。

 「忌野清志郎」の名前を出したとき、高校2年生はピクリとも反応しなかった。日本のロックシーンに大きな足跡を残したミュージシャンだ。清志郎が活躍したRCサクセションというバンドの「雨上がりの夜空に」という曲は80年代に大学生だった私の世代では知らない人はいないだろう。今でもコンビニエンスストアのCMなどでは清志郎がカバーした「デイ・ドリーム・ビリーバー」が流れている。

 そんな説明をしても高校生たちはポカンとしている。同行した大学3~4年生に「今の高校生は忌野清志郎を知らないんだなあ」と話しかけたら、「僕も知りません」「誰ですか」という言葉が返ってきた。

 時代の流れが速いとか、はやりすたりのサイクルが短いということなのかもしれない。しかし、大学生たちと一緒に過ごす時間が多くなってきた中で、どうもそれだけではないような気もしている。

 歌手、タレント、俳優といった芸能人はテレビや新聞、雑誌によく登場するので、誰にでもわかるだろうと思って私は例に挙げた。しかし、今の中高生や大学生は新聞や雑誌は読まない。テレビもあまり見ない。

 私たち世代の思っている「有名人」とはテレビなどのマスコミに登場する人を思い浮かべがちだが、テレビを見ない子どもたちにとっては「有名」ではないのである。

 郷ひろみは、私たち世代にとっては超売れっ子の芸能人で、知らない人はたぶんいない。60歳を超えた今もファンは多い。以前ほどではないが、バラエティーや音楽番組にも登場する。昨年大みそかの紅白歌合戦にも出たではないか。

「一覧性」と無縁な子どもたち

 テレビや新聞や雑誌というメディアの特徴として、自分が興味のないものについても自然と目や耳から情報が入ってくるということが挙げられる。新聞を開けば読みたい記事だけでなく、いろんな記事や見出しや写真が目に飛び込んでくる。いわゆる「一覧性」というものだ。テレビの前に座って画面を眺めていれば、自分が見たくもないCMや予告編やニュースが次々に流れてくる。

 どんなに自分の関心のない人物や出来事でも日常的にマスコミに触れていれば、どこかでそうした情報が引っ掛かってくる。学校で友だちとの会話で知らない話題があったとしても、家に帰ってテレビや雑誌を眺めていればどこかで出てきたりする。しかし、それを子どもたちは見ない。だから、知らないのだ。

子どもの安心感を生むもの

 共通の話題が世代間で形成されないのは、今の子どもたちがテレビや新聞を見ないからだというのが、私の立てた仮説だ。しかし、どうもそれだけでは足りないような気がしてきた。それはいったい何なのだろう。

 テレビが一般家庭に普及するようになったのは64年の東京オリンピックのころからだが、消費動向調査(内閣府)などによると、カラーテレビの普及率は66年にはわずか0.3%だった。それが75年には90%を超える。この10年で爆発的に普及したことがわかる。それ以降は99%前後で推移してきた。

 小学校に入る前まで、私自身もテレビを見た記憶がほとんどない。初めてテレビを買ったころ、近所の人たちが珍しがって見に来たことをかすかにおぼえている。

 では、そのころ、芸能人や有名人はいなかったのか、子どものころの私はまったく知らなかったのかと言えば、そんなことはない。「イナオ」の大活躍で西鉄ライオンズ(当時)が日本一になった話は両親から何度となく聞かされた。「神様、仏様、稲尾様」と口癖のように母親は言っていた。「イナゴとは変わった名前だねえとおばあちゃんが言うから、イナゴじゃなくてイナオだよって言ったのよ」とおかしそうに母が言うのを今でもよく覚えている。

 西鉄の稲尾和久投手は、58年のシーズンに33勝を挙げてMVP(最優秀選手)になった。日本シリーズでも巨人を相手に連投に次ぐ連投で3連敗から4連勝という逆転劇で日本一になったことを思い出して、母は言っていたのだ。

 その年にはまだ生まれていなかった私は、稲尾投…

この記事は有料記事です。

残り10938文字(全文14350文字)

野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。