
医療プレミアで約5年半にわたり「実践!感染症講義-命を救う5分の知識-」の連載を続けている谷口恭医師(太融寺町谷口医院院長)が18日、「ウイルスとワクチンについて知ろう」と題して講演しました。大阪市北区の毎日新聞大阪本社で聴衆を前に話し、オンライン中継もありました。新型コロナウイルスワクチンについて、接種を受けるかどうかを一人一人が自分で考えられるよう、接種の利点とリスクを説明しました。PCR検査のあるべき姿や、今後の生活上の注意にも触れ、さらに他のワクチン、ウイルスも取り上げました。主な内容を紹介します。
谷口医師は大阪市で開業している総合診療医で「どんなことでも相談してください」というスタンスをとっています。発熱した人は、かかりつけの患者に限って時間限定で診療しています。この1年で、新型コロナウイルスに感染した患者を約30人、検査できなかったが感染したとみられる患者、その疑いがある患者を60~90人ほど診てきました。
利点とリスクは「人によって違う」
講演はまず「ワクチンは受けるべきか」から始まりました。
新型コロナワクチンの接種が今月、国内で医療従事者を対象に開始されました。これから一般向けに広がります。厚生労働省はこのワクチンについて「国民の皆さまに受けていただくようお勧めしていますが、接種を受けることは強制ではありません」とウェブサイトに明記しています。私たち一人一人は、どう考えたらよいのでしょう。
ワクチンに関する谷口医師の考え方は、一貫して「理解してから接種する」です。接種を受けようとする本人が、ワクチンの利点とリスクや費用負担などをよく理解し、比べた上で判断すべきだというのです。理解の結果「受けない」と結論を出すのもOKだそうです。
そして、何が利点になり、リスクになるかは、人によって違います。
たとえば、子宮頸(けい)がんなどを起こすHPV(ヒトパピローマウイルス)のワクチンを考えます。このウイルスは、性行為でうつります。

13歳の女性が「大学生になるまで彼を作らない」(性行為はしない)と決めた場合、ウイルスをうつされることは、性被害などの場合を除いてありません。ですから、接種の利点は(例外を除いて)「なし」です。
一方、リスクは副作用です。過去の実績では接種10万回につき8人ほどが、重篤な「副反応疑い」と報告されています。わずかとも言えますし、他のワクチンより1けた多くもあります。なお13歳で打つ場合、費用は公費負担で、自己負担はありません。
谷口医師は「相談に来る母娘にこう説明すると『大学生になってから打ちます』との答えも多い」と話しました。その場合、費用は自己負担になりますが、たいてい「構わない」と答えるそうです。
同じHPVワクチンでも、複数の性的パートナーがいて、コンドームを使わない20歳女性だとどうでしょう。この人はもちろん、ウイルスをうつされる可能性があります。
接種の利点は「将来の子宮頸がんの発症を80%防げる」ことです。他に「尖圭(せんけい)コンジローマ」という性病をほぼ100%防げることなどもあります。
リスクは副作用。そして接種3回分、4万5000円の費用がかかります。
この場合は、利点を重くみる人も多いのではないでしょうか。
新型コロナワクチンの利点とリスク
新型コロナのワクチンについて、同様に利点とリスクを比較するとどうでしょう。
例としてまず飲食店勤務の65歳の男性を考えます。肥満でいて、たばこを吸い、糖尿病があるとします。「高齢」「肥満」「喫煙」「糖尿病」はいずれも、新型コロナに感染した場合に重症化する率が高まる条件です。
ワクチンの利点は、発症する率を、打たない場合より下げられることです。ファイザー社のワクチンの場合、発症率は5%ほどになるとの結果が出ています。この男性は、発症すると重症化や死亡が心配なわけで、打つことで命が助かるかもしれません。
リスクはどうでしょう。これはまだ、不明な点が残ります。このワクチンは「アナフィラキシー」という重い症状が、接種10万回に1人ほど出るとされています。重篤ではない副反応としては、約63%の人に疲労、約55%に頭痛、約15%に発熱が生じたことなどが、ワクチンの添付文書に記載されています。また、長期的な安全性はデータがありません。ワクチンを打ったせいで、感染した際にかえって病状が悪化する「抗体依存性感染増強現象(ADE)」が起きる可能性も指摘されていますが、これも長期的にみないと分からず、今のところは、起きたという報告はありません。
谷口医師は「この男性のような場合は多くの人が利点を重視するのではないでしょうか。ただ最終判断は本人です」と話しました。

次に大学生の20歳女性を考えます。ワンルームマンションに1人で暮らし、中高年者との接点はほとんどありません。喫煙、肥満、持病はいずれもなし。重症化率を上げる条件はありません。
谷口医師は、この場合の利点として「あえて挙げるとすれば」と言って「帰省した時に両親に感染させるリスクを下げられる」「自分の重症化のリスクを(さらに)下げられる」「(社会全体で流行を防ぐ)集団免疫に貢献できる」などを指摘しました。
リスクは、先ほどの高齢男性の場合と同様です。
この女性の条件は、高齢男性とはだいぶ違います。谷口医師は「この人がどう判断するかは分かりません」と言いました。
谷口医師はさらに、自分自身へのワクチン接種にも言及。「私は今年53歳になる。当初は『(感染や重症化の心配はそれほどないので)打つ必要はなく、副作用のリスクの方が大きいかな』と思っていた。しかし医師という立場上『自分が打つことで全体の接種率を上げられるなら打った方がいい』と考え、打つことにした」と話しました。

なお、集団免疫を達成するには、国民の7割ほどがワクチンを打つ必要があるとされます。これにはかなりの時間がかかりそうで谷口医師は「気の遠くなるような話。(集団免疫で流行がなくなって)3密を楽しめる日は当分こない」と指摘しました。
「新型コロナの」PCRは増やすべきだ
谷口医師は次に、PCR検査を取り上げました。
まず「私は、新型コロナについては、PCR検査をどんどんやっていけ、という立場」と主張。ただし「医師の中には、検査対象を絞るべきだ、と主張する人もいる」と話しました。
「絞るべきだ」いう主張があるのは、一般にどの検査でも、むやみに対象を広げると、病気ではない人を誤って「病気だ」と判断し迷惑をかけることが増えるからです(参照:新型コロナ 基本に背いても検査を増やすべき理由)。こうした誤りが新型コロナの検査で生じると「病気ではないのに隔離される人」が増えることになります。これを踏まえて谷口医師は「(一般論として)無症状者の検査はむやみに増やすべきではない、というのは事実」と話しました。
ただ、新型コロナの場合はそれでも検査を増やすべき理由として谷口医師は「無症状の感染者も他人に感染させる」ことを第1に挙げました。そして「(感染者と)濃厚接触したかもしれない、と思ったらそれだけで検査を受けるべきだ」と訴えました。

なお、増やすべき第2の理由は「(感染していない、という)陰性証明を求められるから」でした。陰性証明がないと海外渡航ができなかったり、取引先の会社を訪問できなかったりします。
一方で国内での陰性証明について谷口医師は「本来は必要ないもの。厚労省もそう明言しており、本当は求めないでほしい」と話しました。
賢く外出して楽しむ方法
最後に、今後の生活のしかたとして「賢く外出して楽しむ方法はある」と話し、そのために「新型コロナに感染しない方法を二つ覚えて」と言いました。
その一つは「(接触する相手に)マスクをしてもらうこと」。もう一つは「顔を触らない」ことです。触らなければ、ウイルスは鼻や口から体内に入れないからです。
なお、手洗いは「重要だがタイミングを見極めて」。家に帰ってすぐ手を洗うのは、寝室などにウイルスを持ち込まない、という意味で必要なこと。一方で「手の洗い過ぎ」で皮膚を傷つけてはかえって感染しやすくなり「オフィスであまり何回も洗うのは意味がない」。
外食については「お昼でも密な状態で食べたら感染するし、夜でもきちんと対策をとればよい。お酒の席とランチは違うが、1人でラーメンを食べに行って感染した人もいる。どんな状況でどんなふうに食べるかが問題だ」と指摘しました。(参照:新型コロナ 飲食店にとってほしい五つの対策)

旅行については、身内でキャンピングカーを借りて行くなら心配ないが、旅館に泊まって宴会で大騒ぎはダメ、と話し「どうすれば感染しないか、させないかを考えて」と訴えました。
会場からは「ワクチンは開発されて間もない。利点とリスクを比べて、といっても、まだ信用できるデータがないのでは」と質問が出ました。これに対し谷口医師は「長期的なデータがないのは事実。ただアナフィラキシーについては(生じる頻度の)数字がある。分からない中でどうするかは、あなた次第としか言えない」と答えました。講演の中では「『診てもらっている先生に勧められた』『テレビでだれかが言っていた』という理由で打つのではなく、自分で理解してから接種を」と強調しました。