「いいたてホーム」の隣にある、飯舘村役場の前に設置された放射線量計=福島県飯舘村で2011年10月11日、三留理男撮影
「いいたてホーム」の隣にある、飯舘村役場の前に設置された放射線量計=福島県飯舘村で2011年10月11日、三留理男撮影

 東京電力福島第1原発の事故から10年になろうとしています。私も事故後の福島の支援に関わってきましたので、3月11日を複雑な気持ちで迎えることになります。

 江戸っ子の私にとって、福島は縁もゆかりもない地でした。子どものころに、裏磐梯のホテルに遊びに行ったことがあるくらいです。福島にご縁をいただいたきっかけは飯舘村でした。

 この村は、阿武隈高原の豊かな自然に恵まれた美しい村で、私が留学していたスイスを思い出させます。年間の平均気温は約10度、冷涼な気候を利用した高原野菜や、トルコギキョウをはじめとする花卉(かき)の生産、また、黒毛和牛の「飯舘牛」も有名です。

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中川 恵一

東大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授

1985年東京大医学部卒。スイス Paul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、同大医学部付属病院放射線科助手などを経て、2021年4月から同大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。同病院放射線治療部門長も兼任している。がん対策推進協議会の委員や、厚生労働省の委託事業「がん対策推進企業アクション」議長、がん教育検討委員会の委員などを務めた。著書に「ドクター中川の〝がんを知る〟」(毎日新聞出版)、「がん専門医が、がんになって分かった大切なこと」(海竜社)、「知っておきたい『がん講座』 リスクを減らす行動学」(日本経済新聞出版社)などがある。