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記憶と伝承~東日本大震災から10年

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
福島県双葉町で=筆者撮影
福島県双葉町で=筆者撮影

 時間とはただ流れ去っていくのではなく、ある場所においては積み重なっていくものだ。

 1万6000人近い死者、約2500人の行方不明者を出した東日本大震災から10年。目まぐるしく世界は動き、震災の記憶は時とともに風化していく。

 しかし、いつまでも癒えない傷を抱えて生きている人たちがいる。

 福島第1原発周辺の7市町村にまたがるエリアは現在も放射線量が高く、住民が住めない帰還困難区域となっている。福島県内外に避難している人は現在も約3万6000人に上る。

 今の私たちの日常の幸福は、あの日からの連続の上にある。原発の街は傷痕をさらけ出したまま、2021年の日本の風景の中に存在している。

「黒い湖」の正体

 風に舞う枯れ葉が秋の光にキラキラと輝いていた。

 福島市から飯舘村を通り山間の県道を南相馬へ。さらに福島第1原子力発電所のある双葉町・大熊町へと向かう。20年11月、南相馬市に住む知人に案内されて被災地を訪ねた。

 枯れ田に黒い塊が広がっている。晩秋の日を浴びて、黒光りする塊の表面が躍っている。湖面にきらめく波のようだ。県道の右や左の風景に現れるのは、黒いフレコンバッグの山だった。おびただしい数の袋が整然と並べられている。

 福島第1原発の事故で飛散した放射性物質に汚染された土壌が黒い塊の正体である。

 放射性セシウムは原発周辺地域の森林や草地、農地を広く汚染した。木々や草に付着した放射性物質は時間とともに次第に下方へ落ちていき、土壌の表層に集積するものもある。土壌では粘土質などが放射性セシウムを吸着するので、雨や雪が降っても、容易には流れないとされる。

 全国各地から集められた作業員が、放射性物質を含んだ表土を薄くはぎ取る作業を行ってきた。それが「除染」だ。人体に害を及ぼす放射能を含んだ土を取り除き、フレコンバッグに詰めて、住居や農作業をする場所から人里離れた仮置き場に隔離する。

 薄くはぎ取るといっても、放射性物質が降りそそいだのは広大な地域に及ぶため、はぎ取って集められた土の量は想像をはるかに超える。汚染土を詰めるフレコンバッグはどれだけあっても足りなくなる。当初はあまり人目に付かない場所が仮置き場として指定されたが、すぐにあふれるようになり、県道沿いの目立つ場所にもフレコンバッグの「黒い湖」が次々と現れるようになった。

 除染を実施する地域は、汚染の程度などによって「除染特別地域」「汚染状況重点調査地域」に指定されている。

 環境省は、フレコンバッグなどの保管物については17年3月ごろをピークに、仮置き場数については16年12月ごろをピークに、それぞれ減少しているとしている。しかし、避難期間が長びくにつれて、農業を続けることをあきらめる人が増えてきたこともフレコンバッグが人目に付く場所の農地に進出してきた背景にあると思う。

 先祖から受け継いできた農地ではあるが、農業ができない以上、汚染土の仮置き場として提供することで安定収入を得る方を選ぶ人もいる。農家の人々の無念さや先の見えないことによるあきらめが想起される。

 仮置き場のフレコンバッグは当初、福島第1原発が立地する双葉町や大熊町の中間貯蔵施設へと搬出されることになっていたが、地権者との用地交渉が難航して搬出は進んでいないものもあるという。雨風に長期間さらされているとバッグが傷み、汚染水が外部へ漏れることも懸念されている。実際、環境省の調査では福島県内の市町村が管理する仮置き場の半数以上でフレコンバッグやバッグを覆う防水シートの破損が見つかった。耐性の劣るバッグの方が安いために業者に選ばれているとの指摘もある。

 除染作業だけでも3兆円以上が投じられている。元請け・下請け・孫請けを通じて法外な費用が吸い取られていく「除染ビジネス」には灰色のうわさが絶えない。

 財務省と復興庁は7省庁が管轄する全国向けの23事業に配分された総額1兆1570億円の基金が被災地と関係の薄い使途にも充てられているとして返還を請求しているが、除染のような復興に直接関係している作業にも一般国民にはわかりにくいさまざまな利権が存在することをうかがわせる。

 人の気配が消えた農村の風景に広がっていく黒い塊は、故郷を追われた人々の不安や絶望をのみ込んで膨れ上がる「復興」という巨大事業の実像を暗示しているようだ。

何を伝承しようとしているか

 東京電力福島第1原発から北へ3キロほど離れたところに「東日本大震災・原子力災害伝承館」(双葉町)は建てられた。20年9月に開館したばかりで、真新しい建物の駐車場に大型観光バスが数台止まっていた。

 この伝承館は福島県が建設し、指定管理者の公益財団法人「福島イノベーション・コースト構想推進機構」が運営している。総工費は約53億円、全額が国の交付金で賄われた。地上3階建て、延べ床面積約5300平方メートル。震災や原発事故関連の資料約24万点を所蔵し、うち約170点が展示されている。

 「原子力発電所事故後の避難、避難生活の変遷、国内外からの注目など、原子力発電所事故発生直後の状況やその特殊性を、証言などをもとに振り返ります」とホームページにはうたわれている。

 ガラス張りの外壁の建物に入ると、1階の左手にドーム形をした天井の高いスペースがある。展示の導入部として、震災前の地域の生活、地震と津波、原発事故の発生から住民避難、復興や廃炉に向けた取り組みに関する映像が、床面を含めた7面のスクリーンに映し出される。

 日曜日のわりには見学客の姿はまばらだ。最新の技術が詰め込まれている設備の印象ばかりが浮き上がって感じられる。

 展示スペースには、子どもたちのランドセル、学級新聞、消防服などが写真とともに並べられている。「震災前の平穏な日常が原発事故を機にどのように変わってしまったのか、さまざまな県民の思いを、証言や思い…

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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。