回復/修復に向かう表現

刑務所にカメラを向け続ける理由

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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米カリフォルニア州サンディエゴのR.J.ドノバン刑務所で、サークルになってセレモニーを行う受刑者たち(c)Rod Mullen
米カリフォルニア州サンディエゴのR.J.ドノバン刑務所で、サークルになってセレモニーを行う受刑者たち(c)Rod Mullen

 医療プレミアで連載「回復/修復に向かう表現」をスタートすることになったドキュメンタリー映像作家の坂上香です。本連載では、長年の取材を通して感じてきた、犯罪や暴力を断ち切るための「回復」や「修復」という発想と、それらに向かう表現について、国内外の事例を具体的に紹介していきたいと思います。

   ◇   ◇   ◇

 20日から2 週にわたり、ポレポレ東中野(東京都中野区)で、「坂上香監督作品一挙上映開催!」と題し、私自身が手掛けた三つのドキュメンタリー映画が上映される。昨年封切られた、国内の刑務所が舞台の「プリズン・サークル」(2019年製作)と、米国の刑務所が舞台の旧作2本だ。

 初回は、なぜ私が受刑者にカメラを向け続けてきたのかを振り返りながら、3作品を紹介してみたい。

人はなぜ、そこまで暴力的になれるのか?

  大学2年の頃、拷問のサバイバーに関するインタビュー記事を読み、衝撃を受けた。チリ人のベロニカ・デ・ネグリは1970年代の独裁政権下で、「これが人の仕業か?」と耳目を疑う凄惨(せいさん)な暴力を生き延びていた。

 その後、直接ベロニカに出会う機会に恵まれ、彼女のレジリエンス(逆境をはね返して生き延びる力)から勇気をもらうと同時に、暴力をふるう側にも興味が湧いた。

 「人はなぜ、そこまで暴力的になれるのか」

 やがてこの問いは、自分にもつながる。程度は違うが、私もまた暴力に囲まれていることに気がついたのである。

 たとえば以前勤務していた番組制作会社では、AD(アシスタントディレクター)が人前で暴言や冷笑にさらされるのは当たり前だった。徹夜続きで、機嫌の悪い先輩からモノが飛んできたり、こづかれたりしたのも一度や二度ではない。同僚はつきあっていた先輩からDV(ドメスティックバイオレンス)にあっていて、傷やあざが絶えなかった。90年代当時、日本ではこうした暴力には名前すらなく、問題視すること自体が許されない空気が漂っていた。

 思えば、皆暴力に慣れてしまっていたのではないかと思う。私自身、幼少期から「しつけ」という名の虐待にさらされてきたし、中学時代は校内暴力最盛期で、教員からの体罰も、生徒から教員への暴力も、生徒間のそれも日常的に目撃していた。中学の時には、学校内で集団リンチにもあっている。

 ただし、暴力をふるう人にも、当然だが良い面がある。「しつけ」で私や兄弟の顔が腫れ上がるまで殴った母は、おもてなしの達人だったし、粗暴な先輩にはクリエーティブで、知的な人も少なくなかった。私も子どもの頃は、ストレスのはけ口として、弟を執拗(しつよう)にいじめていたから、人ごとではない。

 「マスコミをにぎわすモンスターのような犯罪者らと、私たちはどう違うのだろう」

 いつしか、そんな問いを抱くようになっていった。

アリス・ミラーとの出会い

 ある日、衝撃の一冊「魂の殺人 親は子どもに何をしたか」(新曜社)に出合う。今まで抱いてきた問いへの答えが、そこにあるように思えた。

 著者はポーランド系ユダヤ人の精神分析家、アリス・ミラー。彼女によると、暴力には、他者に対するもの(他害)と自分に向けたもの(自害)がある。暴力をふるう人(加害者)は、かつて暴力をふるわれた人(被害者)であり、傷を放置することによって新たな加害者が生まれるという。

 アリスはこれを「暴力の連鎖」と呼び、それを断つためには、加害者の幼少期にさかのぼって何が起こっていたのかを知る必要があると訴えた。私は数年かけてアリスの考えをめぐるテレビ番組を日本で制作した。この番組の取材過程で行き着いたのが刑務所であり、更生プログラム「回復共同体(セラピューティックコミュニティー)」だった。

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。