
医学における「進歩主義」と「尚古主義」
私は免疫の病気を主に診ている内科医です。
免疫とは自分の体を外敵から防衛するシステムのことです。その働きに異常が生じ、外敵を排除するのではなく自分自身の体を攻撃してしまうことがあります。この現象を「自己免疫」と呼びます。
「自己免疫」が長い期間にわたり大規模に起こると、さまざまな臓器や組織がダメージを受けて病気になります。私が専門としているのはこのような仕組みで起きる病気で、「自己免疫疾患」や「膠原病(こうげんびょう)」などという名で知られています。
ここ20年ほどで、最新の免疫学の研究から開発された薬が次々に登場し、免疫の病気の治療は大変に進歩し、かつては「難病」とされた病気も、うまく治せることが増えてきました。そんな中、私が漢方の治療も同時に手掛けていると言うと、「どうして、今さらそんな古い時代の遺物をひっぱりだすのか?」と疑問に持たれる方も中にはいらっしゃるようです。
このような疑問の裏には、「医療は新しいほど良いものだ」という考え方があるのだと思います。なるほどそうかもしれません。20年前の医者よりも、現代の私たちはより多くのことを知っていて、より多くの治療手段を手にしています。新しい治療薬は、臨床試験という検証を経て、従来の治療よりも有効性が高く、安全性も確認されたものばかりです。「巨人の肩に乗る」という表現があるように、今の世代の医学者は、前世代の最も優れた医学者の知識を踏まえて、さらに高い到達点を目指すわけです。きっと次の世代は、私たちが成し得なかったことを可能にしていくのでしょう。
漢方の世界では「新しいほど良いものだ」という進歩主義の考え方は取りません。全く逆で、古いもの、オリジナルに近いものを大切にします。このような立場を「尚古主義」といいます。「古きを尚(たっと)ぶ」という意味ですね。
どうして古いものの方が優れているなんてことがありえるのでしょうか?
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聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院を経てNTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。現在、聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。