回復/修復に向かう表現

ラップで絶望から抜け出す

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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2020年3月8日、横浜で開催されたワークショップ、「映画『プリズン・サークル』を見て皆でラップを作ろう!」の様子 (c)Kaori Sakagami
2020年3月8日、横浜で開催されたワークショップ、「映画『プリズン・サークル』を見て皆でラップを作ろう!」の様子 (c)Kaori Sakagami

 ラップといえば、今やアイドルも歌う時代である。その一方、ひと昔前の金と麻薬と女を扱うギラギラした「ギャングスタラップ」や、相手を罵倒し尽くす「ラップバトル」しかイメージできなかったり、それ以前に、ラップというジャンル自体がぴんとこなかったりする読者も多いのではないか。今回は、そんなラップが受刑者や社会の変容をもたらす活動を紹介する。

ラップでワークショップ

 「映画の感想や自分を、ラップ(言葉+リズム)にしよう! 年齢、性別、経験に関係なく、語り合い、ラップを作り、レコーディングしてみませんか?」

 2020年初頭、国内の刑務所を舞台にしたドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」(19年)の公開に合わせてラップのワークショップを企画した。ツイッターで冒頭のように呼びかけると、20席はあっという間に埋まった。

 講師は川崎を拠点に活動する在日コリアンのラッパーFUNIさん。中学生から60代後半までと幅広い年齢層が集まり、ラップについては、セミプロの人から聞いたことすらないという人までさまざまだった。彼らに共通するのは、刑務所をめぐる映画を見たということと、思いを共有したいということ。

魂のつぶやき

 会場は劇場に隣接する民間運営の児童館のような場所。「何やってんの?」とのぞきにくる子どもや、ブラジルのポンデケージョ(パン)を売り歩く露天商に気を取られながらも、参加者は映画に自分を連ねたリリック(歌詞)を書き上げていく。

 そして、書き終わった順に、小さな空間の一角に作った布カーテンで囲っただけの即席レコーディングブースに入っていくのだが、その様子は占師を訪ねていく客のようでもあり、怪しげだ。

 ブースといっても、机に置かれたパソコンとマイクだけ。参加者はリリックを片手に、ヘッドホンから流れてくるリズムにあわせて歌い、収録する。その前に、講師から指導を受ける。指導というより、とにかく褒められ、その気にさせられる。歌った後は、参加者から拍手で祝福される。

 そうして出来上がった20のラップは単なる映画の感想ではなかった。初めて明かされる差別やいじめの被害、マイノリティー性(LGBTQなど性的少数者や、外国にルーツを持つ人など)、依存症や病気、恥に思ってきた自分の弱み、新型コロナウイルス感染症対策への不満、ささやかな幸せ……。

 それらは、ちまたで流れる軽いラップ、もしくは勇ましいラップとは全く別物だった。声が震えていたり、涙声だったり、「魂のつぶやき」ともいえる弱々しい表現に、これは果たしてラップなのだろうかと疑問が湧いたが、講師はラップだと言い切った。

 初めて会ったばかりの人たちが心の内を吐露し、互いのラップに触発されてどんどん深化していく様子には心が震えた。しかも、たった2時間で連帯感のようなものが生まれたことは奇跡に思えた。

ザ・サンクエンティン・ミックステープ

 実は、こうした活動は世界中で行われている。しかも刑務所の中で。…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。