医療プレミア特集

統合失調症の新たな治療史が始まる

医療プレミア編集部
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理化学研究所脳神経科学研究センターの吉川武男博士=埼玉県和光市の理研で本人提供
理化学研究所脳神経科学研究センターの吉川武男博士=埼玉県和光市の理研で本人提供

東大、理研などが新薬候補を発見

 「叫び」で有名なノルウェーの画家ムンク、映画「ビューティフル・マインド」で半生が描かれた米国の天才数学者のジョン・ナッシュら多くの著名人が闘ってきた統合失調症。100人に1人の割合で発症すると推定される身近な病だ。この半世紀で発症の仕組みが少しずつ解明され、さまざまな治療薬が開発されてきた。東京大と理化学研究所、福島県立医科大、新潟大のチームが今月、新たな治療薬の候補物質ベタインを発見し、米科学誌「セル・リポーツ」に発表した。チームの中心メンバーで、患者の治療にも当たる理化学研究所脳神経科学研究センターの吉川武男博士(65)にインタビューした。【くらし医療部・田中泰義】

迷いながら精神医学の道に

 ――統合失調症に関心を持ったきっかけは何ですか。

 ◆漠然と物理学にあこがれ、大学院修士課程の途中まで進みました。しかし、専門的な勉強を始めてみると、自分が物理の分野で何か新しいことを切り開くのは無理だと感じました。そのころDNAの二重らせん構造解明という成果を活用し、遺伝子レベルで生物の正体に迫る「分子生物学」の研究が急成長していました。当時、全国で唯一、学士があれば途中入学を認めていた大阪大医学部に入学しました。医学部の学生時代は、阪大が世界をリードする免疫学に興味を持ちましたが、自分には免疫学が既に成熟した分野に見えました。

 ちょうど高校時代に読んだ精神科医の島崎敏樹(1912~75年)の著書「生きるとは何か」がよみがえり、心の問題に興味を持つようになりました。免疫学の岸本忠三先生(元阪大学長)には「あんたは心の物質をやりたいのか」と言われました。研究だけでなく患者さんの治療にも携わりたくて、84年に東京医科歯科大大学院の精神科に入局し、精神医学の門をたたきました。未解明の部分が多い学問分野であり、その中でも大きな課題となっていたのが統合失調症でした。

複雑な発症の仕組み

 ――統合失調症とは、どのような病気なのですか。

 ◆幻覚、妄想、感情の平板化、意欲や社会性の低下など、さまざまな症状が表れます。患者数に大きな男女差はありませんが、発症の年齢は女性の方が3歳くらい遅いです。原因は、遺伝と環境の両方の要因が関与しています。思春期から青年期に発症のピークを迎えることから、進学や就職などに伴うストレス(環境要因)も影響していると考えられています。また、20世紀にオランダや中国が大飢饉(ききん)に見舞われたときに、胎内にいた子は成長後、統合失調症の発症が通常に比べて2倍ほどだったことから、脳ができあがっていく時期の栄養欠乏も一因とされます。

 一方、2003年4月14日にヒトゲノム(全遺伝情報)が解読され、14年には統合失調症のなりやすさに関係する108カ所もの部位が特定されました。これは、1個だけの遺伝子の異変で発症するのではなく、非常に多くの遺伝子が少しずつ発症に関わっていることを意味しています。環境要因、遺伝要因ともに多岐に及ぶため、発症のメカニズムも多様で複雑になり、治療も難しくなってい…

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