幼少期に患った天然痘が原因で右目を失明した伊達政宗
幼少期に患った天然痘が原因で右目を失明した伊達政宗

 私がまだ学生だった頃、行きつけの飲み屋でたまたま、さる高名なドイツ哲学の先生と知り合いました。その先生の著書を読んでいたので、ミーハーな私はサインをねだると、「君は医学生だろ? サインをする代わりに、ちょっと教えてほしいことがある……」と切り出されました。

 18世紀後半に活躍したドイツの博物学者、ゲオルク・フォルスターによる旅行記の翻訳に取り組んでおられた先生は、1776年以前に天然痘の予防注射が行われたことを示す記述を目にして、とても困っておられたのです。なぜなら、かの有名なエドワード・ジェンナーがイギリスで天然痘のワクチン「種痘」を成功させたのが96年であり、フォルスターの記載が正しいとすると、ジェンナーより20年も前にワクチンが存在していたことになります。この一文をどう扱うか頭を悩ませていたところ、医学生がのこのこ目の前にやってきたというわけです。

 200年も前のヨーロッパの医学水準がどんなものであったかまで、一介の医学生が知るはずもなく、先生も杯を傾けながら「君には答えられまい」という顔でお尋ねでしたが、私は1カ月ほど前に「サイエンス」という科学雑誌で感染症免疫の解説記事を読んだことを思い出しました。たしか、あのなかに種痘についても書かれていたはずだ……家に帰って本棚を探ると、果たしてドンピシャのことが書いてありました。

 ジェンナーが成功させたのは「牛痘」といって、家畜がかかる天然痘の病原体をヒトに接種する方法でした。家畜とヒトの違いはあっても天然痘ウイルス同士で似通っていたので、家畜の病原体に免疫ができるとその免疫はそのままヒトの天然痘も排除することができます。

 ジェンナーの発明を有名にしたのは、その有効性よりも安全性の面です。フォルスターの旅行記にも書いてあったように、実はジェンナーより前に、天然痘の予防法は存在していました。それは…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。