つらい経験がトラウマとなって心身に影響を及ぼす「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」。そのトラウマを引き起こす可能性のあるようなつらく、苦しい経験をきっかけとした心の成長「PTG」(Posttraumatic Growth、心的外傷後成長)を米オークランド大の宅香菜子教授が研究している。米国で1995年に提唱された新しい概念だが、少しずつ研究が広がりを見せ、宅教授の元には日本人研究者からの問い合わせもあるという。宅教授に、PTGの生かし方などを聞いた。【くらし医療部・谷本仁美】
「精神的なもがき」を経て実感する心の成長
――PTGとはどのようなものでしょうか。
つらい経験をきっかけに食欲不振や不眠など、さまざまな心と体の症状としてPTSDが表れたり、通常の社会活動が営めなかったりした場合、カウンセリングや投薬による治療が必要となります。「つらい過去の経験は変えられない」として、「なるべく前向きにとらえよう」とか、「ポジティブな面を見て問題を解決しよう」と考えること、あるいは、精神的な回復力やストレスに抵抗する力としての「レジリエンス」が重要視され、それが広く普及しています。
そうやって、気持ちを切り替え、自分らしさを生かして前へ進む人もたくさんいらっしゃいます。一方で、あまりにも大きな出来事、例えば子どもを亡くすとか、積み上げてきた地位を失うことなどがあった場合、到底、切り替えられないことがあります。PTGは、はたから見ると考えても仕方のないようなことかもしれませんが、それをずっと考え続ける「精神的なもがき」を経て、自分が「変わった」という実感をいだく心の成長なのです。
成長を実感したからといって、問題や症状は解決していないかもしれません。そのため、PTGという心の成長はゴールではありません。「自分の中で、前の自分と今の自分は違う、あの出来事があって今の自分がある」という実感を指すのです。「なるべく早く治りたい」「トラウマが起きる前に戻りたい」と誰もが思うでしょう。ただ、それがかなわない状況で、生きる支えになるのがPTGです。ショックを受けるような出来事を経験した、その瞬間からPTGへの道のりは始まっているんです。
――非常にデリケートな概念だと思うのですが、なぜ「成長」に注目したのですか。
今から20年も前になりますが、臨床心理士として、スクールカウンセラーをしたり大学病院の精神科で働いたりしていました。カウンセリングの場で出会ったクライアントの方々は非常につらい経験をしており、皆、自分なりのペース、そして自分なりのやり方でそれに向き合い、カウンセリングの回を追うごとに、私より明らかに成長されていました。私は「こう…
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