親類なら「生きていくのも恥ずかしい」

 先日WOWOWで配信された映画「スキャンダル」(2019年、原題は「Bombshell(『爆弾』などの意味)」)を見ました。16年にFOXニュースの看板キャスター、グレッチェン・カールソンさんが、当時FOXニュースの最高経営責任者(CEO)でテレビ業界の帝王として君臨していたロジャー・エイルズさんをセクシュアルハラスメントで提訴した実話をもとに製作されています。

 セクシュアルハラスメントをしたロジャー・エイルズさん本人が悪いのは当然ですが、17年に本人が亡くなった後にこのように映画化され、恥を世界中にさらけ出すことになってしまったようです。遺族からの訴えがあったのかどうかよく分かりませんが、もしロジャーさんが私の親類であれば生きていくのも恥ずかしいくらいの映画です。

 さて、この原稿のタイトルにあるように、私も「死んだら終わり」なんて簡単に思っていません。良いことも悪いことも死後に判断されることが多いからです。例えば、歴史上の有名な人物はさまざまな人たちの脚色を経て、現在私たちの前に姿を現しています。本当に当時の状況を忠実に再現しているとは思えませんが、善人は善人らしく、悪人は悪人らしく描かれ、それが未来永劫(えいごう)伝えられていきそうです。まさに「死人に口無し」。反論することすら許されません。

考えてみたい「死後の評価」

 変な話ですが、私はこの死後の評価についてすごく気にしています。私は歴史に名前を残すほど有名ではありませんが、家族や友人たちからどのように評価されているかは気になるところです。

 ロジャー・エイルズさんのような有名な方は、その行動が死後も多くの人に伝わります。独裁国家で権力を振るっている指導者や、民衆を弾圧したりしている指導者は、時が流れて民主的な国家になれば、極悪非道の人として歴史に名を残すことになるでしょう。本人たちは自分たちが生きている間は大丈夫と思っているかもしれませんが、一般的な正義から外れた行動をとった人は歴史が裁くことになるのかもしれません。

 そんなことを考えると、とんでもない行動、特に世間から非難される行動を取る人は「死後の評判を考えていないのか?」と、私にとっては大いに疑問を感じます。一般の方は晩年の行動が世間に知られることはあまりないと思いますが、家族や友人たちの印象にどのように残るか考えてみた方がよいでしょう。

 「終わりよければすべてよし」といわれるように、若いころに少しやんちゃをしていても、晩年に皆さんから慕われるような言動をしていたら没後も懐かしんでもらえるでしょう。逆に、ある程度の年齢まですごく慕われていた方が、晩年に認知症などで徘徊(はいかい)したり暴力を振るったりすると、その印象が家族や友人に残ってしまいます。そういう意味でも認知症はとてもつらい病気なのです。

しっかり…

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大阪大学招へい教授

いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。