回復/修復に向かう表現

美術館で語り合う大量投獄の時代

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】Tameca Cole, Locked in a Dark Calm, 2016. Collage and graphite on paper. 8 1/2 x 11 inches. Collection Ellen Driscoll. Courtesy MoMA PS1
【写真1】Tameca Cole, Locked in a Dark Calm, 2016. Collage and graphite on paper. 8 1/2 x 11 inches. Collection Ellen Driscoll. Courtesy MoMA PS1

大量投獄をめぐる展覧会

 なんともダークで奇抜な作品【写真1】に、思わずギョッとした人もいるだろう。大きな右の目がこちらを見据え、左の目はうつろでどこを見ているのかわからない。悲しげで、おびえているようでもあり、うらめしそうでもある。一度見たら忘れられない、そんなイメージではないか――。

 これは、米ニューヨーク市クイーンズ地区にあるニューヨーク近代美術館(MoMA)の提携アート施設「MoMA PS1」で2020年9月17日から21年4月5日まで開催されていた展覧会「時を刻むということ 大量投獄時代におけるアート(Marking Time: Art in the Age of Mass Incarceration)」で展示された作品の一つである。

 MoMAといえばアメリカの現代アートをけん引する現代美術館だ。その提携施設で、「監獄問題」をテーマに掲げた大規模な展覧会が行われること自体が、大量投獄時代の米国社会を象徴しているともいえる。

大量投獄時代のアート

 「時を刻むということ 大量投獄時代におけるアート」展のキュレーターは、米ラトガース大学のアメリカ研究および美術史の教授、ニコル・R・フリートウッド。収監中のアーティストによるアート活動や大量投獄をめぐる作品の研究、そしてそうした作品のアーカイブ化に10年以上取り組んでいる。彼女はあるラジオ番組で次のように答えた。

 「刑務所では、全ての時間が刑罰。起きたら罰せられる。アートを作れば罰せられる」

 アメリカには現在およそ230万人もの受刑者が存在する。刑務所の数も、受刑者の人口比も世界一の刑務所大国だ。特定の薬物を取り締まる政策が導入されて軽犯罪に対する収監の長期化が進み、「スリー・ストライクス・ルール」(窃盗などの軽犯罪でも3回目には終身刑になる)などの影響で終身刑受刑者の数が激増。保護観察中の報告義務違反などの増加で累犯者の再犯率は7割を超え、親が在監中の子どもは500万人を超えている。

 また、受刑者の労働賃金が「塀の外」の10分の1である上に、電話料金などは数十倍となっており、矯正局や企業の暴利も批判されている。受刑者に黒人の割合が圧倒的に高いのは、刑務所自体が、彼らを搾取する「現代版奴隷制」にほかならないという見方も社会に広まっている。

 米オハイオ州の小さな町で生まれ育ったフリートウッドも、こうした厳罰化の影響を受けてきた一人だといえる。刑務所に収監されているいとこや友人がおり、刑罰制度がいかに特定の人々に汚名を着せ、孤立させ、屈辱を与えるかを身近で見てきた。彼らが「見えない存在」にさせられてきたことも痛感してきた。彼女自身、彼らから送られてくる手紙や写真などを引き出しの中に隠し、人に見られないようにしていたことがあったのだ。

 フリートウッドは、監獄アートは「アウトサイダーアート」と呼ばれることが多いが、実際にはその逆だと指摘する。「時を刻むということ 大量投獄時代におけるアート」展で展示された作品は、すべて刑罰制度と人々の関係に関わるものであり、アメリカ社会と投獄との関係を可視化していると。

 参加アーティストは40人あまりで、およそ3分の2が現在収監中、もしくは収監経験のあるアーティスト。残りの3分の1が収監経験のないアーティストだ。表現方法や作風はそれぞれだが、共通しているのは、大量投獄時代に批判的なまなざしを向けているという点だろう。

 アーティストが投獄された理由を明かさず、話題にすることを避けている点も重要だ。無実か有罪か、善人か悪人か、自由になるべき人かそうでない人かなど、刑務所を語る時に無意識にかけてしまう眼鏡を、見る側が外す必要があるからだとフリートウッドは指摘する。

 この展覧会から、五つの作品に絞って紹介していく。

暗闇からのまなざし

 まず、冒頭の作品【写真1】。これは、タミカ・コールによる「暗闇の静けさの…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。