虐待そのあと -親から離れた私が必要としていたもの-

私は非行少女なの?/上 逃げてきた彼女が受けた「保護」とは

医療プレミア編集部
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新宿・歌舞伎町に立つ女性。親の虐待から逃げていた10代のころ、「知らない男」との待ち合わせでよく来た場所だ=東京都新宿区で2021年2月26日、内藤絵美撮影
新宿・歌舞伎町に立つ女性。親の虐待から逃げていた10代のころ、「知らない男」との待ち合わせでよく来た場所だ=東京都新宿区で2021年2月26日、内藤絵美撮影

 親の虐待から逃げるために家出する。生きるために知らない男と夜を過ごす。そうして保護された子どもは、児童相談所に「虐待」ではなく「非行」として扱われ、18歳になると支援の枠から外れて社会に放り出される――。そんな経験をしてきた21歳の女性は問いかける。「虐待を受けた子は、逃げないで耐え続けないと、助けてもらえないのかな」【黒田阿紗子】

「ギャルっぽいでしょ」

 2週間前にファミリーレストランで会ったばかりなのに、しばらく気が付かなかった。2月末のJR新宿駅前。化粧をし、ロングブーツにミニスカート姿で立っていた彼女は、それくらい印象が違っていた。

 「ギャルっぽいでしょ。こういう見た目をしていると、児相はまともに話を聞いてくれないんだよね」。自嘲気味に笑った。「希咲未來(きさらぎ・みらい)」。過去が嫌で、SNS(ネット交流サービス)などで名乗っている彼女の名前だ。

 案内してもらって、日本最大の歓楽街・歌舞伎町を一緒に歩いた。新型コロナウイルスの感染が猛威をふるっていたこともあり、平日の昼は閑散としていた。未來さんにとって、ここは「自分を助けてくれた街」だという。

 虐待を受けるなどして児相に保護された子どもは、「児童養護施設や里親のもとに行くばかりではない」と、ある虐待当事者から紹介されたのが、未來さんだった。延べ10時間ほどかけて語ってくれた、半生と呼ぶには短い21年間は、聞くだけで胸がつぶれる思いがした。

暴力におびえていた日々

 関東地方の田舎で育った。いつも暴力におびえていた。団体職員の父親は、機嫌が悪くなると突然髪をつかんでくるような人だった。壁に頭を打ち付けられ、おなかや太ももなど、見えにくいところを殴られた。「おまえが生まれたから人生が狂った」と言われた。

 母親からも「産まなきゃよかった」と突き放された。食事は自分の分だけ作ってもらえなかった。「冷凍食品があるから食べて」と言われ、家族が囲む食卓を、うらやましく眺めていた。「いつも冷凍庫に入っていたのが、大盛りのカルボナーラ。あればっかり食べてた」

 中学1年になったある夜。父親が無言で布団に入ってきた。体を触られ、性交させられた。「セックス」の知識がなく、何が起こっているのか理解できなかった。朝起きると、布団に血が付いていた。

 週に1回は、そんなことがあった。気持ち悪い。だけど、抵抗すれば殴られる。されるがままだった。

 学校でもいじめられ、居場所がなかった。上履きを隠される度に、用水路を探した。「ブス」「顔面で人殺せるな」。顔を見られるのが怖くなり、できるだけマスクを付けて過ごした。

 ある時、インターネットで「いじめ 無料相談」と検索したら、若い女性の支援団体が発行するフリーペーパーが出てきた。レイプ被害者の経験談を読み「これ、私のことだ」と気付いた。

誰も助けてくれない

 虐待に気付いていた大人は、たくさんいたと思う。

 例えば、父親とつながった「血」を流したくてカッターナイフで腕を切るようになり、傷が深くて救急搬送された後。母親に付き添われて精神科クリニックに行ったが、医師は何も聞かずに睡眠薬を処方した。

 例えば、誰かとつながりたくて年齢を偽り登録した出会い系サイトで、知らない男に脅されて、裸の写真を30枚送らされた時。怖くなって交番に駆け込み、男は児童ポルノ禁止法違反容疑で立件された。自分も取り調べを受けて、体中の殴られた跡も見られた。でも、優しく対応してくれた女性警察官は「家庭で何かあると思うんだけど、殴ったのが親っていう証拠がないと事件にできないんだよ。ごめんね」と言うだけだった。

 学校の先生もそうだ。腕には無数のリストカットの痕があり、太ももには殴られた痕があった。隠すため、夏も制服は長袖、ジャージーにスカートを重ねて履いていたのに、見ないふりをしていた。

 父親に激しく殴られた冬の夜、パジャマ姿のまま「死んでもいい」とベランダから飛び降り、初めて家を逃げ出した。雨の中を、裸足で走った。寒くてコンビニに入ると、110番された。警察で「家に帰りたくない」と訴えたが、そのまま自宅に帰され、もっと殴られた。

 「みんな絶対におかしいと分かっているのに、何も触れてこない」。助けを求めても無駄だと思うしかなかった。

救いを求めたのは「知らない男」

 下校すると家には帰らず、繁華街をうろつくようになった。中学の制服姿のまま、雑居ビルの非常階段に座っていると、知らない男が声をかけてきた。「何してるの」。行くところがない、と言うと、「かわいいね。うち来る?」と腕をつかまれた。「かわいい」と言われたのも、誰かに優しく抱きしめてもらったのも、初めてだった。

 「体目的でも、自分を必要としてくれるのが本当にうれしかった」。一夜を共にして眠る場所を確保し、父親が出勤したころにいったん帰宅して、登校する。そんなふうにして、自分を守った。

 初めて「体の対価」としてお金を受け取ったのは、中学卒業後の春休みだった。相手はネット掲示板で出会った男、ネットカフェの個室だった。「どれぐらい欲しい?」。とっさに「5000円」と答えた。1万円札は手にしたことがなくて、それが現実感のある一番高額なお札だった。

 普段の生活について話をすると、男は「歌舞伎町に行ってみたら?」と勧めてきた。洋服を買ってもらい、受け取った5000円を交通費に充て、一人で見知らぬ歌舞伎町を目指した。

 JR新宿駅から歌舞伎町に向かう途中、すぐにキャッチに声をかけられた。連れて行かれたのは「出会い系喫茶」。女性は無料の待機所で、お菓子やジュースを自由に飲食できる。その様子をマジックミラー越しに男性がのぞき見して、互いの条件が合えば店に手数料を支払って外出するシステムだった。「お茶でも飲もうか」と言われて出ても、ほとんどの人が買春目的。「だいたい1万円とか、1万5000円くらい」。家に帰らず、ネットカフェやラブホテルに泊まる生活を始めた。

「非行」で一時保護

 高校には入ったが、入学式に出ただけ。入学前からSNSでつながっていた同級生から奇異の目を向けられるのが怖くて、歌舞伎町に逃げ戻った。そこから、彼女は児相と接点を持つようになる。

 最初は親が行方不明届を出し、警察に補導された時。児相内にある一時保護所に入れられた。一時保護の理由は多くが「虐待」だが、彼女の場合は「非行」だったと後から知らされた。

 入所時に女性職員の前ですべて服を脱ぎ、体の傷を確認された。誰が身に付けたかも分からない古い下着を渡された。持ち物検査もあった。かばんの中に入れていたアイドルグループ「嵐」のクリアファイルの中には、ネットカフェで印刷した少年法の条文があった。「親を殺すしかない。私の年齢なら罪になるのか」と思って、何度も見返していたものだ。

 個室はベッドと時計、開かない小さな窓があるだけ。トイレに行くにも職員の許可が必要だった。何もせずに横たわり、時計の針が動くのを眺めて過ごした。

 虐待通報を受けて入所した子なら、ここで救いの手が差し伸べられたかもしれない。だが、彼女の場合は違った。面談で父親に殴られていることを訴え、「出張とうそをついて、キャバクラや風俗に行くような人間だ」と言うと、児童福祉司は「娘がそんなんだったら、お父さんも遊びたくなるよ」。髪を明るく染め、派手な化粧もしていた自分への冷ややかな目線を感じた。だから2週間たって家に帰されると、すぐに歌舞伎町に戻った。

 出席不足で退学になり、家に戻らぬまま民間支援団体を頼って通信制高校に入学し直した。だが、連れ戻そうとした母親から逃げて交番に駆け込み、そこから2度目の一時保護になった。

 原則として2カ月を超えてはならないとされる一時保護だが、今度は3カ月にわたった。外出はできないし、周囲の子との私語も許されなかった。ストレスがたまり、反抗的な態度を取った。

 ある時、職員に声をかけられた。「これから、児童自立支援施設に行ってもらうから。高校はやめなきゃいけないからね」

 耳を疑った。「何で? 今は高卒でも仕事ないのに、中卒とかどうすればいいの?」。職員は「自分の責任でしょ。行きたければ、施設を出てから行けばいいよ」と素っ気なかった。

 見せられた施設のパンフレットには「不良行為」をした子どもが入るところだと書かれていた。自分の思いと、周囲の目とのギャップに気付いた。

 「虐待から必死に逃げていただけなのに……、私って『不良』なんだ」

◇一時保護とは

 子どもの安全を確保するため、児童相談所などが子どもを一時的に保護すること。保護期間中に、子どもの心身の状態や家庭環境を調べ、その後の対応を決める。児相に付設する一時保護所に入所させることが多い。

 一時保護所は全国に145カ所(2021年4月現在)ある。入所理由の多くは「虐待」。厚生労働省によると、19年度は約2万8000件のうち約1万7000件で、約6割を占めた。保護者の不在など「虐待を除く養護」が約6000件、子ども自身の「非行」が約3000件と続く。

 期間は原則2カ月を超えてはならないと児童福祉法で定められている。保護者と引き離すだけでなく、通学を含む外出や、外部との連絡が認められないなど、子どもの権利が強く制限されるためだ。しかし、厚労省の調査(19年4~7月)によると約16%は2カ月以上に及び、2年を超えるケースもあった。

 17年の同法改正で、保護者の同意がなく2カ月を超える場合は、家庭裁判所の承認が必要となった。21年4月には厚労省の有識者会議が、一時保護を始める判断についても透明性を確保する必要があるとして、新たな司法審査を導入すべきだとする報告書をまとめている。国がこれから具体的な制度を検討する方針。

(後編:「歌舞伎町と「自立」を漂流、その果てに」)

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毎日新聞医療プレミア編集部は、国内外の医師、研究者、ジャーナリストとのネットワークを生かし、日々の生活に役立ち、知的好奇心を刺激する医療・健康情報をお届けします。