回復/修復に向かう表現

刑務所でアーティストを育む大学教育

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】プリズン・クリエーティブ・アート・プロジェクト(PCAP)による「ミシガン州の受刑者によるアート展」15周年記念の展示会場=ミシガン大学で2010年、筆者撮影 (c)Kaori Sakagami
【写真1】プリズン・クリエーティブ・アート・プロジェクト(PCAP)による「ミシガン州の受刑者によるアート展」15周年記念の展示会場=ミシガン大学で2010年、筆者撮影 (c)Kaori Sakagami

アートがあふれる刑務所

 前回は米ニューヨーク近代美術館(MoMA)の提携アート施設「MoMA PS1」で行われた大量投獄をめぐる展覧会について紹介したが、実は、受刑者によるアート自体は欧米諸国では決して珍しいことでも新しいことでもない。

 ノートに記された鉛筆のいたずら書きや体中に刻まれた入れ墨(タトゥー)、ジーンズの糸をほどいて作ったネックレスなどの装飾品、居室の壁に張られた雑誌のコラージュや色鉛筆画、建物の壁を彩る壁画まで、海外の刑務所では受刑者によるカラフルで独創的な表現を目にすることができる。これらをアート、その作り手をアーティストと定義するなら、刑務所自体がアートスタジオであり、ギャラリーと言えるかもしれない。

 刑務所によっては、プロや大学教授からじきじきに指導を受ける機会があり、才能を磨ける。時に、作品に触れた人々の受刑者や犯罪に対するイメージが変わる――。今回は、そんな場を30年以上作り続けてきた米ミシガン大学による刑務所のアート教育を紹介したい。

15周年記念のアート展に参加して――

 ミシガン大学で年に1度開催される「ミシガン州の受刑者によるアート展」【写真1】に足を運んだのは、2010年3月末のことだった。主催したのは、同大学内にある「プリズン・クリエーティブ・アート・プロジェクト(Prison Creative Arts Project、以下PCAP)」と名付けられたセンターだ。

 当時、米国中西部の別の州に調査で滞在中だった私は、正直、行くか否かで悩んだ。それまで足を運んだ受刑者による展覧会では、入れ墨の模様みたいな作品ばかりでうんざりしたり、展示が雑で肩透かしをくらったりしたことがままあったからだ。この時は、会場だったアナーバーの町にたまたま友人のペニーが暮らしていて、同アート展に1996年の開始時から毎年欠かさず足を運んでいるという彼女に背中を押されたのだった。

 「ミシガン州の受刑者によるアート展」は、10年当時すでに15周年を迎えており、地元紙にも取り上げられ、それなりの認知度があった。大学内のギャラリーに、300点近い受刑者の作品が2週間にわたって展示される大規模なもので、連日の豪雪や寒さにもかかわらず会場は老若男女でにぎわい、活気にあふれていた。

 ペニーは常連客だけあって、毎年出展する受刑者については詳しかった。また、売り上げが作者である受刑者に還元されるというオークションのしくみの説明から、展示には至らなかった「佳作」コーナーへの誘導まで、完璧なガイドぶりだった。出口にある記帳コーナーでは「感想の記帳を忘れずに! アーティストたちが楽しみにしてるの」と言い、分厚い「巡回ノート」と長い間にらめっこしていた。このノートは全ての刑務所をまわるらしかった。

 実は、その数カ月後、こんなサプライズがあった。見覚えのないミシガン州の刑務所からエアメールが届いたのだ。私は巡回ノートに、日本から来たことと、短いコメントをつづり、当時勤めていた大学名と自分の名を添えていたのを思い出した。差出人の受刑者は、日本からの来客に感激し、「大学の住所を家族に調べてもらった」と、手製のカードに書いて送ってきたのだった。巡回ノートを楽しみにするという意味をその時やっと理解した気がした。

死刑がテーマの立体作品

 「ミシガン州の受刑者によるアート展」に展示されていた作品は実に多様だった。刑務所を扱っているものもあれば、著名人や動物など、彼らの立場とは全く関係ないものもあった。立体的な作品も相当数あり、素材を推測するのも面白かった。なかでも忘れられないのが、細い木の棒、紙、ひも、布で作られた死刑制度に関する黄色い作品だ。

 作品は三つの建物からなる。まずは、家の形をした「ネズミ捕り」。誰もが知るミッキーマウスのイラストに、「つかまえた!」という漫画風の吹き出し。玄関には「足を踏み入れた汝(なんじ)よ、希望を捨てるべし」の表札があって、能天気で明るいキャラクターとダークな文字のギャップにゾッとした。

 残りの二つの建物は、その背後に配置されている。一つはギロチン台で、「ヘッドハンター」の文字が台のてっぺんに掲げられている。文字通り「首狩り」と、優秀な人材の「スカウト」の二つの意味が込められていて、冷淡な感じだ。

 そして三つ目が絞首刑の刑場だ【写真2】。一見しただけではわかりづらいが、中をのぞいてギョッとした。白いひもの先に黒い服を頭までかぶせられた人の形をした3体の人形がつるされているのだ。

 実はミシガン州には死刑がない。1847年に米国で真っ先に死刑を廃止した州であり、最後の処刑は30年の絞首刑だった。シニカルでユーモアを交えたこの静かな三つのオブジェを通して、死刑制度の残酷さや制度への怒りと共に、州を超えた死刑囚へのコンパッション(慈悲)が伝わってきて、気持ちが強く揺さぶられた。何より、受刑者が司法制度に対してここまで痛烈な批判をすることと、それが許されていることに感動した。日本の刑務所ではこうした立体作品を作ることも、外の世界に持ち出すことも許されないからだ。

たった2人の受刑者のための授業

 「ミシガン州の受刑者によ…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。