人生なりゆき~シニアのための楽しい生き方・逝き方

「志半ば」で逝くのは不幸なことか

石蔵文信・大阪大学招へい教授
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組織にいるときと離れた後

 志半ばで他界し、自分の思いや事業を最後までやりきれなかった方が「不幸」だと表現されることがあります。本当にそうでしょうか?

 例えば会社の重役となり、さまざまな改革を断行している人が突然、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中で他界した場合、多くの方から惜しまれることでしょう。そういう場合は「志半ばで逝去した」というふうに表現されます。確かに、本人にとってはもう少しいろいろなことをやりたかったと思いますが、ある程度の道筋をつけておけば、残された者が後を継いでくれるはずです。

 さまざまなことに情熱を傾けている瞬間は楽しいものです。私もプラモデルや鉄道レイアウトを作っている時が楽しく、出来上がってみればそれなりにうれしいのですが、作っていたときの情熱はなくなっている――ということがあります。

 組織にいる間に不幸にも他界したときは、その方の気持ちとは関係なく「志半ばで……」という言葉がよく使われます。逆に、退職などで組織から離れた後は、「志半ばで他界する」とされる例は、あまり多くないように思います。

 定年退職後は、仕事をしていても、多くの方は臨時雇用的な仕事になります。いろいろな趣味を楽しんでいて、その途中で亡くなっても「志半ばで他界する」とはあまり言われません。

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石蔵文信

大阪大学招へい教授

いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。