理由を探る認知症ケア

認知症の男性が施設のフロアをうろつく本当の理由

ペホス・認知症ケア・コミュニケーション講師
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金型工場で働いて60年

 Sさん(80代・男性)は、4人兄弟の長男として家計を支えるために、高校卒業後、父親が営む金型工場に勤め始めました。25歳の時に結婚し、35歳で工場長を任されてから真面目に働いてきました。息子が2人いますが、それぞれ地方の大学に進学し、そのまま就職したため、工場の後継ぎはいませんでした。80歳を過ぎたころ、工場を引き継いでくれる人が見つかり、その人に委ねて引退しました。

 まだまだ体も心も元気だと思っていましたが、引退して1年がたったころから、胃がんや腸閉塞(へいそく)で入退院を繰り返すようになりました。妻が亡くなってからは、軽度のアルツハイマー型認知症と診断されました。ご家族もSさんが一人暮らしを続けることを心配し、Sさんと話し合った結果、Sさんはサービス付き高齢者住宅(サ高住)に入居することになりました。

新しい環境に慣れるのは一苦労だったけれど……

 入居してからは新しい環境になかなか慣れず、「家に帰りたい」と言うこともありました。その度に、息子さんが電話をかけてきて話し合い、Sさんも思いとどまる――ということを繰り返していました。

 しかし、1カ月が経過するころには、同じフロアの入居者のTさんと話す様子も見られるようになり、「家に帰りたい」と言うこともなくなりました。息子さんと電話で話し合いをする必要もなくなったといいます。Tさんが参加しているデイサービスに一緒に通うようになり、息子さんもケアマネジャーも「お友達ができて、住宅での暮らしにも慣れてきてよかったですね」と安心していました。

仲の良かった友人の死

 ところが、…

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ペホス

認知症ケア・コミュニケーション講師

ペ・ホス(裵鎬洙) 1973年生まれ、兵庫県在住。大学卒業後、訪問入浴サービスを手がける民間会社に入社。その後、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問看護、訪問リハビリ、通所リハビリ、訪問介護、介護老人保健施設などで相談業務に従事。コミュニケーショントレーニングネットワーク(CTN)にて、コーチングやコミュニケーションの各種トレーニングに参加し、かかわる人の内面の「あり方」が、“人”や“場”に与える影響の大きさを実感。それらの経験を元に現在、「認知症ケア・コミュニケーション講師」「認知症ケア・スーパーバイザー」として、介護に携わるさまざまな立場の人に、知識や技術だけでなく「あり方」の大切さの発見を促す研修やコーチングセッションを提供している。著書に「理由を探る認知症ケア 関わり方が180度変わる本」。介護福祉士、介護支援専門員、主任介護支援専門員。アプロクリエイト代表。