漢方ことはじめ

漢方のベストセラー・葛根湯の秘密

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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漢方薬の原料となる生薬。植物の根や皮、種子などを利用する=ツムラ提供
漢方薬の原料となる生薬。植物の根や皮、種子などを利用する=ツムラ提供

 漢方についてあまりよく知らない人でも、「葛根湯(かっこんとう)」という薬の名前は耳にしたことがあるのではないでしょうか。風邪薬の代名詞と言ってもいいぐらいに名の通ったこの薬、じつは大本をたどると、前回お話しした、後漢の時代に中国で書かれた漢方の古典「傷寒論(しょうかんろん)」に記載されている処方です。葛根湯はそもそも、致死率の高い流行性の熱病「傷寒」の治療に使われる薬でした。

 ではなぜ、現代ではちょっとした風邪をひいたときに葛根湯を使うのでしょうか。それを知るために、「傷寒論」の中身をのぞいてみましょう。この書物は「治療マニュアル」のような体裁をとっていて、「傷寒」という病気を六つの病期に分け、具体的な治療法を指示しています。前半三つが「陽」の病期、すなわち発熱や疼痛(とうつう)などの症状がはっきり出現する急性期で、後半三つが「陰」の病期、つまり体力が衰え元気がなくなり病気が進行していく慢性期です。

 葛根湯は「陽」の病期=急性期=のうち、「太陽病」と呼ばれる時期に使うべき薬として列挙されています。「太陽」とはお日様ではなく、「陽の一番初め」を意味し、三つの「陽病期」のうちの最初であることを意味しています。

 「傷寒論」には「太陽の病たる、脈浮、頭項強痛して悪寒す(太陽病というのは、脈を診ると軽く指を置いただけでも拍動に触れることができ、頭やうなじがこわばって痛み、ゾクゾクと寒気がする)」と書かれています。恐るべき病「傷寒」も、症状の出始めはふつうの風邪と変わらない症状です。これは新型コロナウイルス感染症でも同様で、あとになって非常に重篤な経過をたどる病気も、最初の時期は風邪とほとんど見分けがつかないケースはよくあります。

 なぜかというと、ありふれた風邪のウイルスが侵入しても、凶悪な病原体が侵入しても、私たちの体は同じように警告信号を発し、防衛体制を整えるからです。病原体の種類によって…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。