医療プレミア特集

アルツハイマー病新薬「アデュカヌマブ」の光と影

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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アデュカヌマブについて「臨床医の立場で、次世代の新しい治療薬として期待はするが、効果は弱いと感じている」と話す新井平伊さん=東京都千代田区のアルツクリニック東京で‎2021‎年‎6‎月9‎日、永山悦子撮影
アデュカヌマブについて「臨床医の立場で、次世代の新しい治療薬として期待はするが、効果は弱いと感じている」と話す新井平伊さん=東京都千代田区のアルツクリニック東京で‎2021‎年‎6‎月9‎日、永山悦子撮影

 米バイオジェンとエーザイが共同開発したアルツハイマー病の治療薬「アデュカヌマブ」が、米食品医薬品局(FDA)に承認された。アメリカでのアルツハイマー病治療薬の承認は18年ぶり。「待ち望まれた新薬」と称賛される一方、有効性などに問題を指摘する専門家も少なくない。アルツハイマー病研究の第一人者、新井平伊・順天堂大名誉教授(68)は「アルツハイマー病治療の歴史、そして医学の歴史においても大きな第一歩。ただし、どの立場から見るかによって受け止め方は変わります」と話す。なぜ見方が分かれているのか。新薬の「実像」について新井さんに聞いた。【聞き手・西田佐保子】

いまだ発症の仕組みが未解明

 まず、認知症治療薬の開発状況について振り返る。

 認知症とは、記憶力、判断力、計画遂行能力など脳の認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす症状の総称だ。厚生労働省は、2025年に認知症の患者は国内で約700 万人、65歳以上の高齢者の5人に1人がなると推計する。原因の病気として最も患者数が多いのはアルツハイマー病で、全体の約6割強を占める。

 アルツハイマー病発症の原因は解明されていないが、脳内の変化として、異常なたんぱく質であるアミロイドβ(以下、Aβ)とリン酸化したタウたんぱく質(以下、タウ)の蓄積、神経細胞死などが特徴的だ。時系列でみると、発症のおよそ20年前から脳にAβがたまり始め、10年前ごろからタウが蓄積して神経細胞が減る。5年前ごろに記憶に関わる海馬が萎縮し、記憶力の衰えがみられるようになる。

 症状の進行過程としては、Aβやタウが蓄積しても症状のない「プレクリニカル期」を経て、脳の病変が進行して物忘れなどの症状が出はじめる「軽度認知障害(MCI)」に進み、その後アルツハイマー病を発症する。ただし、必ずしもMCIからアルツハイマー病に移行するわけではない。

 世界で初めてアルツハイマー病がドイツの精神医学者、アロイス・アルツハイマーによって報告されたのは1906年。その後、さまざまな研究が続き、世界初のアルツハイマー病治療薬として、アルツハイマー病患者の脳内で減っている神経伝達物質「アセチルコリン」を補うエーザイの「アリセプト」がFDAに承認され、アメリカでは97年(日本では99年)に発売された。

 他にも、同じくアセチルコリンを補うレミニールとイクセロン・リバスタッチ、記憶や学習に関わるたんぱく質「NMDA受容体」の働きを改善して神経細胞を守る「メマリー」が現在、日本で治療薬として承認されているが、あくまでも症状の緩和を目的とした対症療法薬だ。

 その後も世界の製薬会社が、Aβを標的とした「抗Aβ抗体」、タウを標的とした「抗タウ抗体」、Aβの産生を抑制する「BACE(βサイト切断酵素)阻害剤」などの開発に取り組んできたが、成功には至らなかった。

 FDAが承認したアデュカヌマブは、脳内に蓄積したAβを除去し、病気の進行抑制を狙う抗体医薬だ。4週間に1回、約1時間かけて静脈に点滴投与する。アメリカでの1年間の薬剤費は5万6000ドル(約610万円)になるとされる。FDAはアデュカヌマブについて、薬剤の有効性が十分把握できる前に承認する「迅速承認」とした一方、承認後は追加の臨床試験を実施して効果を確認することを求めている。

立場により異なるアデュカヌマブの評価

 ――13年にロンドンで開かれた主要8カ国(G8)認知症サミットで「25年までに認知症の治療法、または(進行を抑制する)疾患修飾薬の確立を目指す」という共同宣言が出されました。それが実現した形になります。今回の新薬承認について、どんな感想を持ちましたか。

 ◆世界中で治療法の開発が最も待たれる病気の一つなので、今回の新薬誕生は、アポロ11号で宇宙飛行士が月面に一歩を踏み出した時に匹敵するような「人類にとって偉大な飛躍」だと思っています。アルツハイマー病治療の歴史としてだけではなく、医学の歴史においても非常に大きな第一歩で、エポックメーキング(新時代を開く)な新薬です。

 ――ただし、FDAの諮問委員会メンバー11人のうち3人が迅速承認に抗議して辞任したのをはじめ、課題を指摘する声が多く出ています。

 ◆もちろんそうでしょう。科学者、医学者、臨床医、それぞれの受け止め方は違います。軸足をどこに置くか、ということです。患者さんやその家族の立場に立つか、純…

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西田佐保子

毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。