令和の幸福論

大学生をむしばむコロナ 救う福祉起業家

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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「真夜中の東京は海の底」

 <真夜中の東京は海の底にいるような気がする>

 ひとりで過ごす夜の孤独をある女子大生は海の底のようだと言う。

 新型コロナウイルスの終息が見えない中、経営難に陥っている会社や店舗は多い。自粛によって苦しめられているのはビジネスだけではない。

 地方から都市部の大学へ入学した学生たちは、慣れない街でひとり暮らしをしている。親元から離れて初めての生活。オンライン授業が多く、大学で友だちと会うこともできない。アルバイトもままならず、誰とも話をしない日もある。精神的に落ち込み、うつの症状が表れる人も少なくない。

 こういう若者たちに対して政府はどんな対策を考えているのだろうか。大学はいったい何をしているのか。

 どれだけもがいても、暗闇からの出口が見えない中でフラストレーションがたまり、政府の無策に矛先を向けたくなるが、それでいいのかなとも思う。

 コロナ禍が長引くにつれて、私たちの想像もつかないところにまで影響は及んでいる。政府や自治体にばかり解決を求めても限界があることは明らかだ。

 そんなことはわかっている。わかっていながら他にどうしていいかわからないから鬱憤をぶつける。しかし……と思うのである。

 未知の社会課題には新しい発想で解決策を探ることも必要ではないか。危機の中には未来の扉を開くカギが隠れている。そうやって私たちの社会は予期せぬ変化に適応し、進化してきたはずだ。身近なところに目を向け、自分ができることを考えよう。現場を知ろうとしない空論からは何も生まれない。

ウサギを飼う女子学生

 「発達教育」「障害者支援」を看板にしている植草学園大学(千葉市若葉区)で、私は教員をしている。

 昨年春の着任早々、新型コロナウイルスの流行で学生は大学への入構が禁止となり、オンライン授業ばかりになった。教員はウェブを使った会議システムの「グーグル・クラスルーム」や「Zoom」のアカウントを取得し、授業に使うパワーポイントや課題提出のためのフォームを用意する。ITに不慣れなため、うまくいかないたびに頭がパニックになった。

 しかし、もっとつらい思いをしていたのは学生たちだった。特に県外から入学した学生にとっては親元を離れて初めてのひとり暮らしだ。高校までとは違って自分で履修する科目を選び、授業の日程に合わせた学園生活をすることになる。授業の内容も高校までとはかなり違う。友だちと相談したり、上級生からアドバイスを得たりということも自粛のためにできない。

 サークル活動も休止、アルバイトも見つからない。ひとり部屋の中でパソコンの画面を見ながら、通信環境が悪く音声や画面が途切れがちな授業を受けるのである。

 「文章表現演習」という授業で、1年生の女子学生がこんな文章を書いてきた。

 <初めてのひとりの生活に期待があり、とても楽しく過ごしていた。しかし、大学はオンラインで誰も知り合いがいない。コロナウイルスのために気軽に外出ができないのが辛くなり、鬱の状態になってしまった>

 故郷の母親は心配だったに違いない。何かペットを飼ってみたらどうかと勧めてきたという。都会の狭いアパートで周囲の迷惑にならないものということで、ウサギを飼うことにした。

 それから毎日ウサギに向かって話をするようになった。ウサギに話を聞いてもらっていると、心の中にため込んできた感情を発散でき、少し楽になったという。

 <返事はないが、手のひらに感じる温度が返事の代わりに安心感をくれた>

 <無機質だった生活に一つの音と温度が加わった>

 孤独は若い精神をむしばむだけではなく、感性をやわらかく研ぎ澄ませ、思考を深いところへ誘っていくものだと思う。

必死に自分を守る学生たち

 ひとりきりの時間を経験することが学習や表現活動に何かしらのポジティブな影響を与えるのだろう。ウサギがもたらした<音>と<温度>を感じている女子学生の文章には繊細で透明感のある感性がにじんでいる。

 たまに開かれる対面授業で会ったところ、控えめでまじめな学生だった。自粛生活のストレスと孤独の中で、必死に自分を守っている学生がどの大学にもいるのだろう。まだ幼さが残る顔を見ながら、遠い故郷の両親の心配が伝わってくるような気がした。

 サクラが散って若葉がまぶしい季節になり、それも過ぎて木々の枝が寒風に震えるようになっても新型コロナは収まらない。感染拡大の波が何度も押し寄せては、人々に自粛を強いてくる。

 パニック障害になって電車やバスに乗ることができない。

 昼夜逆転して部屋に閉じこもり、家族とも顔を合わせられなくなった。

 友だちと直接会うことができずネット交流サービス(SNS)だけでやり取りしているうちトラブルが続き、誰も信じられなくなってひきこもっている。

 ほかの学生や家族からもそうした声が届くようになった。

 穏やかな湖面に雨粒が落ちてきて泡立ち、不穏な色が広がっていくような気がした。

学生に広がる精神…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。