米ジョンズ・ホプキンズ大学の研究者が2017年に発表した論文では、発がんをもたらす遺伝子変異の3分の2は、偶然起きたDNAの損傷、つまり「不運」によるものだと結論づけています。

 発がんの最大の要因は「がんに関連する遺伝子に起こる偶発的な損傷」と言えるわけです。ただ、この「偶発的」という言葉は解説を要します。

 私たちの細胞の設計図であるDNA(デオキシリボ核酸)には、遺伝情報が暗号のように保存されています。暗号として使われている文字は4種類の塩基(A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン)の対からできており、A-TまたはG-Cの塩基対が存在します。この四つの塩基対の配列で遺伝情報は決定されます。

 ヒトでは、この塩基対の数は約30億個であることがわかっています。そのうち、実際にたんぱく質合成のもとになる遺伝子の数については、科学者間での合意はできていませんが、2万1000個程度と推定されています。

 全てのものは、時間とともに傷みます。車にせよ、コンピューターにせよ、どんなに大切に扱っても、「経年劣化」は避けられません。私たちも「遺伝子の経年劣化」を免れることはできません。ただし、多数の遺伝子の中で、どの遺伝子が損傷を受けるかはランダムに決まります。たまたま細胞の増殖に関係する特定の遺伝子が損傷を受けるとがんの発症につながります。

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東大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授

1985年東京大医学部卒。スイス Paul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、同大医学部付属病院放射線科助手などを経て、2021年4月から同大大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。同病院放射線治療部門長も兼任している。がん対策推進協議会の委員や、厚生労働省の委託事業「がん対策推進企業アクション」議長、がん教育検討委員会の委員などを務めた。著書に「ドクター中川の〝がんを知る〟」(毎日新聞出版)、「がん専門医が、がんになって分かった大切なこと」(海竜社)、「知っておきたい『がん講座』 リスクを減らす行動学」(日本経済新聞出版社)などがある。