漢方ことはじめ

疫病はどこからくるのか? 先人たちの頭を悩ませた難問

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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東京オリンピックのメイン会場となる国立競技場=東京都新宿区で2021年6月3日、大西岳彦撮影
東京オリンピックのメイン会場となる国立競技場=東京都新宿区で2021年6月3日、大西岳彦撮影

 2021年6月、米食品医薬品局(FDA)は、天然痘治療のための新たな抗ウイルス剤を承認したと発表しました。40年以上前に絶滅したはずの疫病の治療薬を今ごろになって世に出すとは、いったいどういう風の吹き回しか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。プレスリリースをよく読むと、「天然痘ウイルスが生物兵器として使用される可能性があり、その懸念から治療薬の開発は合衆国の防疫対策の重要な柱となった」とあります。

 この発表と相前後して、米政府の研究機関(ローレンス・バークリー国立研究所)が新型コロナウイルスの起源に関する報告書をまとめ、中国・武漢にある研究所から流出した疑いが濃厚との内容であったと報じられています。米国政府は今般のパンデミックを教訓として、天然痘ウイルスが過失もしくは意図的に流出し、ヒトに感染してしまった場合に備えたのではないかと私は思っています。

 疫病はどこからやってくるのか――。古今東西、多くの人の頭を悩ませてきたこの問いは、単に知的好奇心を満たすのみならず、疫病を予防し根絶する手立てにも直結するため、きわめて重要な意義があります。細菌やウイルスなど微生物の知識がなかった時代、疫病は鬼神のような超自然的存在がひき起こすものとして恐れられ、神仏への祈りやまじない、お札を張ったりお守りを携帯したりするといったことが行われ、国家規模では元号を変えたり、大赦つまり犯罪人への刑罰を軽減したりするといったことが繰り返されました。

 奈良の大仏建造が天然痘流行の終息を願った事業であったことは以前にも触れましたが、その奈良時代になってくると遣唐使や遣隋使(けんずいし)といった外交使節団が、中国の最新の学術文化をもたらすようになりました。その中に医学知識も含まれていて、疫病の原因についてもう少し実質的な説明がなされるようになります。

 前回まで「傷寒(しょうかん)論」という漢方古典のお話をしましたが、同書の知識が入ってきたのもこのころだと考えられます。「傷寒」とは「寒に傷(やぶ)らる」つまり体が冷えてしまうことが原因となって熱病を発する、という意味です。体が冷えてしまう原因の一つが、薄着で長い時間、風にさらされることで、それによって皮膚や体表面の血行は悪くなり、免疫…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。